23
「ロン!君はここで岩を崩してみて。帰りに通れるように、僕はジニーを探しに行く!」
「わかった!」
瓦礫の向こう側にいるロンにそう大声で呼びかけると、ちゃんと聞こえていたようだ。
ロンの力強い返事に、ハリーは前を向いた。
大きなパイプのようなトンネルのような、なんともいえない薄暗い場所は一歩踏み出せばジャリッジャリッと嫌な音をたてる。
なるべく下を見ないように、前を向いて、いくつもの角を曲がると二匹の蛇が絡み合った彫刻の壁が現れた。
あきらかに雰囲気の違うその壁を見ると、ハリーの口からは自然と蛇のような声がするりと出た。
「《開け》」
そう言うと、絡み合った蛇の壁が両側に分かれ、ハリーは壁の向こうへと踏み入れた。
中は外と同じように薄暗く、じめじめしていた。
地面には水が沸いているのか、水面が広がっている。
周囲は石に囲まれていて、この部屋だけ室温が更に低いような気がした。
異様な雰囲気に顔をしかめると、部屋の中央にそびえる巨大な石造の足元に目立つ赤が棺にしだれかかるように横たわっていた。
駆け寄ると、それは部屋へと連れていかれたジニーだった。
濡れる事など一切お構いなしに水の中を走っていくと、ジニーもまた全身が濡れていた。
「ジニー!死んじゃダメだ!起きて!お願い、目を覚まして…」
抱きかかえると、水に浸かっていたからか身体はぞっとするほど冷たい。
それはまるで死んでいるかのようで、ハリーは必死に呼びかける。
「目は覚めないよ」
それは冷たい声だった。
突然発せられた声に振り向くと、黒髪の少年がそこに立っていた。
それはハリーの記憶にも新しい顔だった。
「トム…トム・リドル?目が覚めないってどういう事?…まさか」
「生きている。かろうじて」
リドルがそう言うと、ハリーはようやくホッとした。
「君は幽霊なの?」
「フフッ僕はナマエとは違うよ。いわば記憶だ。五十年間日記の中にあった」
「やっぱりナマエの知り合いなんだね。お願い、手を貸して。ここにはバジリスクがいるんだ」
「呼ばれるまで来やしないよ」
ハリーがジニーを持ち上げようと杖を地面におくと、リドルはさも当然と言ったようにその杖を手に取った。
まさか杖を取るなんて思ってもいなかったハリーは驚いた。
「僕の杖を返して」
「君には必要にはならん。そしてこれは今、僕には必要なものだ」
「どういう事?ここから出てジニーを助けなきゃ」
「残念だがそれはできないね。ジニーが弱るほど僕は強くなる。そしてナマエを目覚めさせる」
リドルは杖を手にしたからか今までで一番饒舌だった。
ジニーを操り、ハグリッドを陥れた事を特になんとも思っていないように淡々とハリーにバラすと、突然ニヤリと笑った。
「だから在学中に秘密の部屋を開けるのは危険だと思い、日記を隠すことにした。十六歳の自分を日記に保存し、いつの日かサラザール・スリザリンの崇高な仕事を成し遂げようと考えたのだ。そしてその時隣にいるべきの相応しい人間も一緒にね」
まるで自分の物のようにハリーの杖を振ると、ハリー達の真横にあった棺の蓋がズズズと音を立てながら動きだした。
蓋はやがて重さに支えられなくなり、地に落ちると、落ちた衝撃にハリーは目を閉じた。リドルはそんな事おかまいなしといったように、その箱に近づくとうっとりとした表情を浮かべた。
「あぁナマエ。まるで眠り姫だね。五十年たった今でも美しいままだ」
「!?ナマエ…?」
棺の中には白い布の上で眠る静香がいた。
その姿はハリーがいつも見ていた幽霊の時と同じような姿で、身体は透けていなかった。
ただただ眠るその姿は、作られた人形のようだ。
リドルはナマエの体温が感じられない左手にそっとキスをした。
「ナマエは僕の最愛の人でありパートナーさ。いかなる時もずっと一緒だった」
「ならどうして…!」
「もちろん、未来でもずっと一緒にいられるようにね。色々な呪文をかけてあるんだ」
時間の流れが遅くなる薬を飲ませ、仮死状態にする呪いをかけ、そして誰にも見つからないようにこの棺にいれた。
まさかナマエが幽霊になっているなんてジニーから聞いた時は驚いたけど。
リドルはそう言いながら未だに目を覚まさないナマエを楽しそうに見つめた。
そして眠るナマエに無言で防御呪文をかけると、ハリーに向き直った。
「さぁナマエが眠りから覚める前に最後の謎解きをしよう。特別な魔力も持たない赤ん坊が、どうやって偉大なる魔法使いを破る事ができたんだ」
「何故その傷だけで逃れる事ができたんだ?ヴォルデモート卿の力は打ち砕かれたのに!」
「何故そんなに気にするんだ?ヴォルデモートは君より後の人だろう?」
「ヴォルデモートは僕の過去であり、現在であり、未来なのだ…!」
そう言ってリドルは空中に文字を書いた。
トム・マールヴォロ・リドルという名前はもう一度振ると勝手に入れ替わり、“私はヴォルデモート卿だ”という一文に変わった。
そのアナグラムは、ハリーをゾッとさせるには十分だった。
「君がスリザリンの継承者か!?」
「その通り。サラザール・スリザリンの血が流れているこの僕が汚らわしいマグルの父親の名前をいつまでも使うと思うか?…自分で新しい名をつけただ。僕が最も偉大な魔法使いになった時、皆が口にする事を恐れるであろう名前を」
リドルは美しい顔で光悦とも言える表情を浮かべると、杖先でハリーを捉えた。
「最も偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ!」
「奴は僕の記憶に過ぎないものによって追放された!」
「彼を心から信じる者がいる限りいなくなりはしない…!」
ハリーは杖に臆することなくそう叫ぶと、そこに呼応したかのように暗い部屋の中に明るい赤が飛んできた。
それは囀りながら、天井を旋回するとハリーの肩へと止まった。
リドルはナマエが眠る棺を守るように立つと、その赤をぎろりと睨んだ。
「不死鳥…」
「フォークス!」
それは校長室で見たあの不死鳥、フォークスだった。爪で何かを持ってきていたらしい、ハリーの手元にぼろりと落とすと、リドルは笑いをかみ殺したような声をあげた。
「ッフ…ダンブルドアが味方に送ってきたのは歌い鳥に古帽子じゃないか!」
これから戦おうというのに、なんという愉快な仲間たちだろうか。
リドルは次第に耐えられなくなって、これでもかと笑った。
そしてある時ぷつりと笑い声は耐えた。
笑っていた瞳とは打って変わった冷たい瞳がハリーを映した。
「さてサラザール・スリザリンの後継者であるヴォルデモート卿とかの有名なハリー・ポッターとダンブルドアが下さった武器とでお手合わせ願おうか?」