はじめての夏休み
「セブルス、今年の夏休みのご予定は?」
「予定も何も……、」
「僕ももうホグワーツの外に出られるんだけど」
夏。森の中にたたずむホグワーツ城もじんわりと汗をかく季節。
また一年がたち、学生が全員列車に乗ったのを見送ってから、部屋に戻ったナマエは本を読んでいたスネイプにそう言った。スネイプの中ではいまだにナマエが幽霊である事が抜け切れておらず、そういわれてから初めて気づいたのだ。これがナマエの身体が戻ってから、初めての夏休みである事に。
毎年当然の如くホグワーツで過ごし、今年もそうかと思いきや目の前でニコニコ微笑む男はそんな気はサラサラないようだ。
「という訳でセブルス、行きたい所があるから一緒に行ってくれない?」
「そう言うだろうと思っていた…。そうだな、場所による」
「とりあえずセブルスが嫌に思ってる所じゃないよ」
夏は暑い上に皆が休暇なものだから人混みが鬱陶しくてスネイプは嫌いだった。想像しただけで外に出る気さえなくしてしまう。だがそんな事は長年の付き合いでナマエも分かっていた。苦笑いをしながらベッドの下から古ぼけた小さなトランクを引っ張り出して杖を振る。
「一緒に来てくれる?」
「もう準備しているではないか。どうせ拒否権などないのであろう?」
「よく分かってるじゃん」
*
数日分の服と厨房から分けてもらったたくさんの食料をトランクに詰め込んでナマエとスネイプはそれぞれ箒に乗ってホグワーツの敷地から出た。マダム・フーチに借りた箒は久々に箒に乗るナマエでも扱いやすく、ふわふわと空を飛んでいる。急ぎの旅ではないからとのんびり空を駆ける二本の箒はしばらく浮遊を続けた。
ふとどれほど飛んだのだろうかと後ろを振り返ってもホグワーツが見えなくなる頃。先を飛んでいたナマエの箒が少しずつ降下していき、同様にスネイプも箒の先を下へ傾けた。そうして二人が足をつけたのは鬱蒼と茂る森の中だった。
「セブルス疲れてる?大丈夫?まだ少し歩くよ」
「こんな森の中に一体何があるというんだね」
「まぁまぁ。付いてからのお楽しみだね」
箒をトランクの中に仕舞い、ナマエはスネイプの手を掴んでズンズンと進み始めた。
ホグワーツにも森はあるが、また違った不気味さを感じさせるこの森は薄暗く、人っ子一人いる気配はない。右を見ても左を見ても似たような木々ばかりで、迷う気配を一切見せないナマエにスネイプは少し不安を覚えた。何故ならナマエは少なくともホグワーツから何十年と出ていないのだ。つまりここに一度来た事があるとしてもその記憶はかなり古い。(まさか適当に歩いている訳ではないだろう)
やや怪訝な目で前を歩くナマエを見るとふと視界がわずかに開けてきているのに気が付いた。薄暗いと感じていた原因である覆いかぶさるような木々はなくなり、柔らかな日差しが道を照らしている。道の脇には先ほどまでは見なかった美しい花がぽつぽつと咲いている。寒々とした冬の森から春に向かっているようなそんな感覚だった。
「あ、着いたよ。僕が来たかった所!」
ナマエはスネイプを掴んでいた手をパッと離してその道の先へと走って行った。その先は更に明るく、スネイプは思わず目を細めた。
「ここ、僕の実家なんだって。一回来てみたかったんだ」
ナマエの声は少し楽しそうだ。手で顔に日陰を作り、細めた目を開けばスネイプは息をのんだ。
そこには切り開き、整備された土地に小さいながらも歴史を感じさせるマナーハウスが立っていた。建物の壁や窓は汚れひとつなく周囲には綺麗に刈られた芝生と花が咲き乱れている。非常に美しくも、この空間だけ時が止まっているようだ。きらきらと輝くそれは、ナマエの時の流れと酷似していてスネイプは更にこのマナーハウスに異様さを感じていた。
茫然とそこに立ち尽くしていると、そんな事はおかまいなしといった様子で青い芝生の上をかけるナマエが手招きをした。慌てて後を追えば、二人はマナーハウスの中央にそびえる大きなドアの前に立った。するとドアは人が来た事を感知したのか歓迎するかのように勝手に開いた。そっと中を覗き込むとやはり内部も埃ひとつない綺麗な状態で、床の大理石は鏡のように上を歩く二人を映している。
「よし、探検しよう」
「ちょっと待て、ここは誰もいないのか?」
「うん。僕の家族は年齢的にも亡くなってるし誰もいないはずだよ。それに一応僕の物らしいからダンブルドアが自由にしていいって言ってた」
「ダンブルドアが?」
「うん。色々手を回してくれたみたい」
先を楽しそうに歩くナマエの後をスネイプもまた同じように周囲をきょろきょろ見渡しながら追いかけていく。キッチンに浴室、森を望むサンルーム、貴重な本が並ぶ書庫。手当たり次第にドアを開け、その先のどの部屋も二人が驚くものばかりだった。長い間人がいなかった分室内に置いてあるものはどれも貴重なアンティークばかりだ。
最後にやってきたのは寝室だった。大きなベッドが二つ置いてありカーテンを開ければ柔らかな日差しが差し込んでくる。
「セブルス、少し休憩しよっか。僕はキッチンで紅茶を入れてくるから鞄の中身出してもらってもいい?」
「紅茶を零すなよ」
「そんなうっかりしないって」
トランクからティーセットと茶葉を持って出て行ったナマエを見送ると、スネイプは残されたトランクを杖で叩いた。すると中から出てきた服は勝手にクローゼットに収まり、暇つぶし用にと入れておいた本はベッド脇のサイドテーブルに飛んで行った。飛んで行った本の隣には写真立てが伏せられている。
「…?」
写真立てを伏せられると、見たくなるのが人の心というものなのか。
興味本位からそっと写真立てを起こすと、そこには子どもを抱いた夫婦が穏やかな笑顔を浮かべてこちらを見ている。子どもはどことなくナマエに似ていて、夫婦も雰囲気がそっくりだ。二人がここに住んでいたナマエの両親なのだろうと容易に想像がつく。
これは隠しておいた方がいいのか、それとも。起こしてしまった写真立てをどうするか考えあぐねていると、ふと紅茶の香りが鼻孔をくすぐった。
「なぁにそれ、写真立て?」
「!?戻って来ていたのか」
「紅茶淹れるのなんてすぐだって」
その声は思いのほかすぐそばから聞こえて、スネイプは大げさに肩を揺らした。手には写真立てを持ったままで、ナマエはその写真をきょとんと見つめた。
「もしかしてこれ僕の両親かな?初めてちゃんと見たよ。どこにあったの?」
「サイドテーブルの上だ」
「そっか。もしかして僕に気を使って隠そうとしてた?」
「…していない。」
「ふぅん?まぁどっちでもいいんだけど、紅茶冷めるから早く飲も」
行儀悪いけど、と言いながらナマエはベッドの端に座り、スネイプも反対側のベッド端に座り対面すると魔法で浮かせていたお盆からソーサーとティーカップを手渡した。香しい匂いを放つその紅茶は飲み頃の温度で疲れた身体にじわじわと染み込んでいくようだ。力を抜くようにふぅ、と息を吐き出すとふと紅茶から立ち上る湯気越しにナマエとぱちりと目があった。
「なんだね?」
「ううん、ココ気に入ってもらえたみたいで良かったなって思ってさ」
「…そうだな。涼しくて静かで避暑地を絵にかいたような所だ」
ホグワーツではきっとこんなに力を抜く事もできなかっただろう。あそこにいるとどうしても教師としての肩書が外せないのだ。いつどこにいても警戒を完全に解く事は難しい。
「でしょ?毎年僕のせいでホグワーツに引きこもってたからたまには別の場所でゆっくりしようと思って来たんだけど、作戦は大成功だね」
「お前そんな事を気にしていたのか」
「そんな事じゃないよ」
「吾輩はスピナーズ・エンドに帰るよりホグワーツにいた方がずっと有意義だと思っていただけだ」
「本当に〜?」
「本当だ。…うるさい奴がいるがまぁそれも悪くはなかった」
「え」
独り言を呟くようにぼそっと言うと、目の前でガチャンッと何かが割れたような音がした。言わずもがなナマエである。いつもより頬、いや顔全体がほんのりと赤くなっているナマエの手元には先ほどまで優雅に持っていたカップがなく、視線を下せば見るも無残に床で割れていた。
早々に「レパロ」と杖を振れば壊れたカップはすぐに直ったが、落とした張本人の顔は赤いままだ。
「馬鹿者。先ほど紅茶を零すなと言わなかっただろう」
「だ、だってセブルスがそんな事言ってくれるの珍しいから」
いつも飄々としているこの男が慌てるのを見て、珍しい事もあるものだとスネイプは驚くと同時に体温が少し上がったような気がした。己の言葉ひとつで一喜一憂するこれが愛おしく思える。
衝動のまま未だに狼狽える頬にそっと手を這わせるとびくりと大袈裟に跳ねたが、それがまたスネイプの口角をあげさせた。
「全くお前からは目が離せないな」
「!!」
「我輩が共に過ごすのはいつもお前だけだ」
手のひらに収まる頬が更に熟れたりんごのように真っ赤に染まるのは一瞬の事であった。
「おや、顔が赤いが風邪かね?」
「…セブルスが意地悪だ!」