08
なんだかここ最近毎日ぼうっとする。
幽霊なのだから身体はないのだが、どこか身体が重たく感じるナマエは気分転換にとホグワーツを彷徨っていた。
あのガラスドームの薔薇を見てから、ふとした時に自分の記憶であろう映像が流れ込むのだ。
だがいつまでも呆けていると、スネイプにまた心配をかけてしまう。
気分転換に本でも読むかと、図書室へと歩を向ければ図書室の近くに不審な動きをしている男がいた。
そっと後ろから忍びよれば、そこに誰かがいると分かっているとばかりにその男はこちらを向いた。その顔は月明かりで青白く浮かぶ上がり、より不気味さを増している。
「おや、静香じゃないか」
「《…クィレル。今日は猫を被らなくてもいいの?》」
その男はターバンを巻いたクィレルだった。
普段おどおどした様子とは打って変わって、今のクィレルは随分余裕なようだ。言葉遣いもしっかりとしている。表情も普段は見せないようなニヤリと不敵な笑みを浮かべ、じりじりと2人の距離を縮めている。
「あぁ、君はスネイプと一緒にいるから勘づいているだろうから猫なんて被る必要ないだろう?」
「《まぁね。…ねぇ、僕がセブルス以外の、ダンブルドアに告げ口するとか思ってないの?》」
「いいや、思っているさ。だから君には少しの間消えてもらおうと思ってね」
「《え》」
きらきらの粒子が文字を作る前に、ローブから引き抜かれたクィレルの杖はナマエをとらえていた。
その杖から、何故か目が離せない。
バクバクとそこにないはずの心臓が大きく脈打っている。
「デリトリウス(消えよ)」
クィレルの口からその呪文が発せられると同時に、杖先から目にもとまらぬ速さで飛び出た光がナマエの身体を捉えた。
その光が身体を包んだかと思えば、途端に意識が朦朧として、自分の意思とは関係なく瞼が重くなる。
ナマエはこんな事が前にもあった気がすると、暗転する視界の中で夢で見た過去の事を思い出していた。
「幽霊の君がいなくなっても、死体が出るわけじゃないだろう?だから少しの間さようならだ」
そう吐き捨てるように言うと、その場所に立っているのはクィレルだけになった。
きらきらした幽霊の姿はもうそこにはない。
クィレルは誰もいなくなった空中を見てフッと笑えば、部屋に戻るため踵を返した。
だが間髪も入れずに、近くに人の気配を感じた。
じっと身動きを止めたものの、もうここにいるのはお見通しだったのだろう。
狙いすましたようにスッと闇から紛れるようにして現れたのはスネイプだった。
スネイプはクィレルを見ると、無言のまま足早にクィレルに詰め寄った。
「この話は、2人だけの問題にしようと思いましてね。…生徒諸君に“賢者の石”の事を知られてはまずい」
眉間にしわを寄せながら、杖をちらつかせているスネイプにクィレルはあっという間にいつものおどおどとした表情を浮かべた。
顔は一気に青ざめ、落ち着かない様子で身体を震わせている。
「あのハグリッドの野獣をどう出し抜くか、もう分かったのかね」
「セブルス…私は…」
「クィレル、我輩を敵に回したくなかったら…いや、もう回したと言ってもいいな」
ナマエをどこへやった?
それは地を這うほど恐ろしく、低い声だった。
ぐいっと杖の先をクィレルの身体へと当てると、いつでも攻撃ができると言わんばかりにおどおどしたクィレルに更に詰め寄った。
「なんのことだか分かりません」とクィレルが蚊のような声で返すと、更に杖先を強く押し当てた。身体に食い込む杖からは本気なのだろう。強い力が伝わってくる。
「我輩が来た時、貴様の傍にあいつの粒子が散っていた」
「ナマエがっ消えた時はいつもそうでは?」
「あいつは我輩が呼んだ時はいつも姿を現す」
「た、体調がっ悪いのではっ?」
「あいつは幽霊だ」
体調が悪くなる事もなければ、呼んで姿を現さないことなど一度でもなかった。
ナマエ自身に何かがなければいつも通り姿を現すはずなのだ。
それができないという事は…。
最悪の可能性が脳裏をよぎるが、今はこの目前の男だと怒りに支配されながらもどこか冷静な頭がそう言っていた。
「ど、どういう事なのか私には…」
「…いいだろう。それでは近々、またお話しする事になりますな。ナマエの件も含めてあなたの怪しげなまやかしについて、聞かせてもらおう」
「で、でも、私は、何も」
「もう一度よく考えて、どちらに忠誠を尽くすのか決めておいてもらうとしよう」
黒く大きなローブを蝙蝠の羽のように翻すと、スネイプはまだ治りきっていない身体を引きずって壁伝いに地下牢へと戻っていった。
だが、スネイプが立ち去るその前に二人の足跡がその場から駆け出していた。