轟と額
「♪」
ミョウジナマエはご機嫌であった。それはもう鼻歌を歌ってスキップをするくらいには。いつもはぼやっとしている瞳も今は煌めいているように見える。
何せずっと買いたかったパンが食堂で買えたのだ。運を使えばいつだって買えるものだったが、今回は奇跡的に個性を使わなくても買えた事にナマエは大きな感動を覚えていた。
もちろんそんな事を知らない周囲は好奇の目でナマエを見ていたのだが、そんな事は全く気にせずに、ビニール袋をぶら下げてスキップして向かっていたのは校舎裏である。
校舎裏にはあまり知られていないお昼ご飯には持って来いのベストスポットがあるのだ。木陰の下にひっそりと佇むベンチは、ナマエしか知らない…はずであった。
「あれは、轟君?」
遠目からでも分かる、ベンチの上に赤と白の頭が寝そべっている。そーっと、そーっと細心の注意を払い抜き足差し足でベンチに近寄るとやっぱりそれはヒーロー科の轟だった。
傍にはコンビニのビニール袋が置いてあり、食後の休憩をしているようだ。
たしかにほどよいそよ風や、木漏れ日は眠気を誘うのだろう。顔を真上から覗き込んでみれば、ずいぶんと気持ちよさそうに寝ている。
(…うーん、イケメンだなぁ)
轟が無防備な所など滅多に見れるものではないので、これはチャンスと言わんばかりにナマエは轟の寝顔を観察した。その整った顔立ちは寝ていてもやはり美しい。思わず見惚れてしまうほどだった。
そしてそのまま見つめていると、一陣の風が二人の間を通り抜けた。風で揺れた木々はざわざわと枝を揺らし葉を落とす。そのまま落ちてきた内の一枚が轟の髪に着地した。ナマエが反射的にその葉に手を伸ばすと、手が髪に触れたのか轟の閉じられていた瞳がカッと見開いた。
「「っ!!!!」」
そして次の瞬間、勢いよく起き上がった轟と真上から覗き込んでいたナマエの顔は見事にぶつかった。突然走った額への痛みに、ナマエは思わずパンの入ったビニール袋を落としてその場にへたり込んでしまった。ヒリヒリと痛む額を押さえて、ベンチの上の轟を見るとやはり轟も頭突きを食らったらしい。背中を向けて口を覆っている。
「轟君、顔大丈夫?」
「あ、あぁ。悪い、つい反射的に起き上がっちまって」
そう言いながら今度こそ轟が起き上がりベンチに座り直すと、空いた隣にナマエが座った。どことなくいつもより顔に赤みが差している。
「こちらこそごめんね。顔どこぶつけたの?私石頭だから痛かったでしょ」
「いや、もうだいぶ痛みは引いたから大丈夫だ。ミョウジこそ大丈夫か?」
「怪我した訳じゃないし大丈夫だよ」
先ほどよりは額の痛みも引いている。血がでているわけでもなく、ただただ痛いだけで済んだようだ。心配いらないと額にかかる前髪をあげて見せれば、轟は何故かパッと視線をそらした。
「おでこに何かついてる?もしかして前髪の寝癖?」
「…なんでもねぇ。それより、昼食べに来たんじゃないのか」
轟の指摘にナマエはハッとして地面に置きっぱなしにしていたビニール袋を慌てて回収した。危うく食事をしに来たというのに忘れてしまう所だった。
ガサガサ音を立てながら中に入っていたパンをこれ見よがしに轟に見せると、キラキラした瞳で熱く語りだした。珍しくテンションが高いナマエに、轟は一瞬驚いたがすぐに視線をパンに向けた。
「そうなの。ほら見て!個性使わなくても欲しかったパンが買えたんだよ!」
「そりゃすごいな」
「でしょ?せっかくだから轟君にもあげるね。さっきのお詫び」
「…じゃあありがたくもらっておく」
「うん。それじゃあいただきます」
さすがに育ちざかりの男子高校生なだけあってパンひとつくらいは食事をした後でも入るようだ。順調にパンを食べ進めていく轟を横目に、ナマエもちぎったパンを口の中へと放り投げた。
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((…額にキスしたかもしれないなんて、言わねぇ方がいいよな))
((パンおいしい))