はじめまして
※コードネーム固定
「初めまして、僕はバーボンと言います。
お名前をお伺いしても?」
「ビターズです。よろしくお願いします」
黒の組織に潜入し、日本に生活の拠点を移してから1週間。
ついにコードネームを持った人と出会う事ができた。
バーボン、たしか探り屋と言われていた男だ。
待ち合わせの場所でぼーっとトランクを持って待っていると、車を傍につけたバーボンはその整った顔に笑顔を浮かべると、まるで執事のように助手席のドアを開け、どうぞと促した。その姿は黒の組織の人間とは思えないキザっぷりだ。
だが黒の組織でコードネームを持つ人間は優秀という証である。
人畜無害そうに見えるが彼も闇の住人なのだ。心を引き締めていかなければ。
「ありがとうございます」
「いいえ」
助手席のシートベルトをしめると、車は滑らかに加速した。
流れていく景色を見ながら、ちらりと運転席を見るとバーボンは肩をすくめるように笑った。
「何か聞きたい事がありそうですね」
「あなたが探り屋と聞いているから何か聞かないのかと思って」
「僕の事知ってるんですか?」
「もちろん」
と言っても黒の組織の末端から大まかな情報を聞き出しただけだが。
「じゃあ話が早いですね。色々教えてもらえませんか?」
「あなたの方がこの組織の在籍期間は長いでしょうに」
「いえ、組織の事ではなくあなたの事を」
「知っても面白くないと思いますけど」
「それは僕が判断する事ですから」
やんわりとした拒否をさらっと流すあたりはさすが探り屋と言っただけあって手慣れているようだった。
余計な事を喋らないように、口数できるだけ減らしても会話が続くのはバーボンのトーク力の高さ故だろう。私が喋らない分を補うようにバーボンが喋る。もしかしたら生来おしゃべりなのかもしれない。
どうでもいいような世間話をしていると、目的のホテルが見えてきた。
念のためにと服に仕込んだ無線マイクのスイッチを入れ動作を確認していると、車はゆるやかにホテルの手前で止まった。
ここからは私一人だけだ。
「それじゃあ手筈通りに」
「気を付けて下さいね」
車から降り、ホテルに一歩踏み入れるときらきらとしたシャンデリアが頭上で煌めいている。ざわざわと忙しなく動く人々の横をすり抜け、人目につかないようにエレベーターで目的の階まで上がっていく。エレベーターには幸い人もいなければ監視カメラもないようだった。
エレベーターから降りると、廊下には誰もおらず、任務成功まで今日は随分楽かもしれない。足早にターゲットのいる部屋の前までたどり着いた。
ノックを規則正しく、室内にしっかり聞こえるように5回鳴らすと、ドアの向こう側からガチャガチャと音がした。
「…ふん、男が来ると思っていたが」
ゆっくりとドアが開くと、ぬっとあらわれたのはこのホテルには不釣り合いな、お世辞にも清潔とは言えない男だった。くたびれたスーツとシャツ、目深にかぶった帽子と、伸びきったヒゲから、本来の顔だちは最早分からない。
上から下に、まるで品定めをするような視線に少しイラつきながら、少し開いたドアを強引にこじ開けた。
「どうも」
「…入りな」
中まで進むと、部屋の机にはこれまた不似合な重厚なアタッシュケースが置いてある。中身は見なくても分かっていたが、確認のためと中身を開ければこれでもかという現金の束がぎっしり詰まっている。どの札束も綺麗な白い帯でまとめられている。
普通ならばこんな現金の束見ただけでも気を失いそうだが、この仕事をしていると、これくらいの現金が見慣れてくるのだから嫌な慣れだと思う。そしてこの後の展開にも、だ。
「約束の現金はこれですね」
「受け取ったならそっちこそ早くデータをよこせ!!」
「あぁ…それなら持ってないですよ」
「な、ないってどういう事だ!?裏切ったのか!!」
「裏切りも何も…貴方はここで死ぬ手筈になっていますので」
それが組織の命令です。そう言いながらブローチの盗聴器のスイッチを切ると、隠し持っていた杖を取り出し、男の鼻先へと向けた。
*
「大丈夫でしたか?途中で盗聴器が切れたようですが」
「えぇ、スイッチが切れちゃったみたいです。でも仕事はちゃんとこなしましたよ」
ホテルから足早に出ると、待っていたバーボンの車に飛び乗った。アタッシュケースを後部座席に投げ入れると、終わったという達成感から身体が重く感じた。シートがふかふかで気持ちいい。
「それじゃあ帰りましょうか。ご自宅まで送りますよ」
「…じゃあ米花駅まで」
自宅の最寄り駅を伝えると、ついに瞼が重たくなってきた。緊張感から解き放たれたせいか眠い。まだ時差ボケも完全には抜けきっていないのかもしれない。けどまだ仕事中だ。起きなくては。
とぎれとぎれになる意識をどうにか繋いでいると、信号待ちをしていたバーボンとふと目が合ってしまった。青い瞳がきらりと光る。
「ふふ、眠いんですか?」
「…時差ボケって奴です」
「そうでしたか。それじゃあ眠っていてもかまいませんよ」
黒の組織のメンバーだというのに、この人はなんだか優しい声だ。
少しくらいならいいだろう。眠るだけだ。
すぐ起きる事を決意して、ゆっくりと瞼を閉じた。