靄の独白日記


我輩は人である。名前はまだない。
いや、あるにはあるのだが私にはあまり関係がない。

この世界の人達は大きく3つに分類される。主人公とその仲間たちであるヒーロー、その敵であるヴィラン。そして名前もない私達。いわばモブである。

どっかの爆破野郎はモブと連呼していたが、本当に私はモブなのだ。人は皆役割がある。主人公は敵を倒し、ヴィランは悪を尽くす。ゲームで言うならモブはいわばNPCだ。

だけどモブだって夢を見てしまう。
ヒーローになりたいという途方もない夢を。

一度だけ私の個性である「ステルス」、つまりとてもつなく影が薄いのを利用して人を助けるなんて真似事をしてみたが、いやはややはり気づかれる事はなかった。ここまでくるとヒーロー活動が向いていないのが理解できるだろう。そしていかにモブにうってつけの個性かと自分でも笑ってしまう。

そんな私でも頭が良いのが幸いしてか雄英高校普通科に入れたのだからモブの中でも頑張ったと思いたい。だからと言って普通科に入ったからと言って特にこれといって生活が変わる事はないのだが。いくらモブ生活がすこ〜し不満だからと言って何かアクションを起こす勇気は私にはない。
だから今日も何があっても普通を貫き通すのだ。

例え爆破野郎がモジャモジャ君を殴っていても。
翌日から爆破野郎と頻繁に目があうようになっても。
更に翌々日から何故かその姿が視界に入るようになっても。

今日も今日とてモブらしく人混みに紛れて通学路を歩いていると、雄英ゲートの前に最近よく見かけるようになったあの爆破野郎が立っていた。ものすごい眼力で皆そそくさとゲートをくぐりぬけていく様は本当にこいつがヒーローになるのかと疑問に思わせる光景だ。
朝からなんだか分からないけどご苦労様ですと内心思っていると、あからさまに目をくわっと見開いてこちらを見るものだからとても驚いた。けど気のせいだろう。だって私は影が薄い。きっと私の後ろにいる人とかそんなのだろう。
口は何かを言おうとしていたけれど、今日もステルスを発動してその横をするりと素通りした。

そして更に次の日。
影の薄さを利用して屋上でのんきに鼻歌を歌っていたらまたも爆破野郎がやってきた。一日一回は必ずエンカウントしている気がする。極力影を薄くして観察していると、あたりをキョロキョロと見まわしてから屋上に繋がる唯一の出入り口で仁王立ちをしたではないか。そこにいられると下に降りられないのだけれど。
なんてこった。
ステルスを発動しても壁を通り抜けられる訳じゃないのだ。
かと言って生身のまま出ていったら不審者扱いされてあのモジャモジャ君のように爆破されそうだ。

仕方ない。あれが退くまで隠れて睡眠を貪るとしよう。

「おい」
「…?」
「ようやく起きたかよ。もう6時過ぎてんぞ」
「6時…6時?!」

ぶっきらぼうな声で目が覚めると、オレンジ色の空を背景にしたあの爆破野郎が目の前に座っていた。少女漫画なんかだったらそれはもう見開きページで描かれてしまうような、ひどく幻想めいた光景だったがいかんせん爆破野郎である。緊張から身体がピキッと固まってしまった気がした。

「ったく変な個性で隠れてんじゃねーよクソ。その癖寝てやがるし」
「すいません…」

やっぱり怖い人だ。
相変わらずの鋭い目つきで舌打ちまでするその姿はさながらヤンキーである。どちらかと言えばヒーローよりヴィランだ。
ぎろりと睨まれると何を言ったらいいものか言葉も出てこない。ただ冷や汗だけは異常に出ていたが。

「おいお前。昔子どもを助けた事があるだろ」
「なんでそれを」
「俺が見てたからだ」

あれはたった一度だけ行った私のヒーロー活動だ。
ステルスでどうせ誰にも見られていないと思っていたが、まさかよりによってこの人間に見られるとは。

驚いて目の前にいる彼へと視線をやると、「ようやくこっちを見やがったな」と笑っているにしてはちょっと怖い、ニヤリとした笑みを浮かべた。

「そ、れを言いに来ただけ?」
「あ?…いや、そうだな。気になったから捕まえただけだ」

なんだそれは。捕まえたって動物じゃあるまいし。
急に言い淀み始めた彼は、その静まり返った雰囲気をごまかす様に立ち上がると両手をポケットに突っ込んで背中を向けた。その先には開きっぱなしのドアがあり、下へ降りるのだろう。
私ももう帰らなくては。でも今戻ると自然と一緒になってしまう。それは気まずい。その背中を見送ってから降りようとその場で座り込んだままでいるとその背中はピタリと止まった。

「帰らねぇのか」
「帰るけど…」
「じゃあ早く来い。ここの鍵閉めに教師が来るぞ」
「は、はいっ」

急かされるようにそう言われれば反射的に立ち上がってしまうもので、私は彼の横に立って一緒に階段を下り、そして何故か一緒に帰り路を歩いている。
モブの人生でも何があるのか分かったものじゃない。

「そういえば私あなたの名前まだ知らない。なんだっけ、爆破っていうのは分かるんだけど」
「爆豪勝己だ!!お前知らないで帰ってたのかよ!」
「うん。だって、あー…爆豪君も私の事知らないでしょ」
「知ってるわボケ!普通科のミョウジナマエだろ」
「…うん。よく知ってるね」

爆豪は普通科の中でもかなりの有名人だ。ヘドロ事件の被害者で、常に周囲をモブ扱いする男だと。
そんな人間がいちモブである私の名前を知っているなんて、なんだか変な感じだ。でも心はふわふわと暖かい。でも嫌じゃない。
たった数十分一緒にいただけなのにこの心変わりっぷりには自分でも驚きだ。

「あ、それじゃあ私こっちだから」
「…おう。今度会ったら個性使うんじゃねーぞ」
「!!」

そんな事を言われたのははじめてだ。
別れ際にぽつりと言われた一言は私の心にじわじわと染み込んで、更に心を熱くさせた。

うぬぼれかもしれないけれど、ここ数日爆豪が探していたのは私だったのかもしれない。

「また明日ね、爆豪」



―――――

爆豪はいつも薄暗い瞳のナマエの瞳にどうしても映りたかったって話。