はじめまして(side A)


全く人の都合も考えない組織から唐突に命令のメールが届いた。
今日は指定時間がバイト後だから良いものの、なんの予告もなしにやってくるこのメールには毎回いろんな意味でひやりとさせられる。
ちなみに今回の俺の仕事はどうやら補佐兼足らしい。

最近ようやく手慣れてきたポアロでの仕事をきっちり終え、待ち合わせの場所まで車を飛ばせば、黒いロングコートを纏った女性がぼーっとトランク片手に立っていた。周囲を見渡してもそれらしき人もおらず、この女性が黒の組織の一員なのだろうとすぐ予想ができた。

それにしても見た事のない顔だが。

車をすぐ傍につけると、さすがに気付いたらしい。のろのろ近づいてくるとぺこりと頭を下げた。すぐに頭を下げるあたりは日本人なのかもしれない。

「初めまして、僕はバーボンと言います。お名前をお伺いしても?」
「ビターズです。よろしくお願いします」

ビターズ。
たしかイギリスで活動している組織のメンバーではなかっただろうか。
1人を好む一匹狼だと聞いていたが、何故日本に、しかも補佐付きなのだろうか。

様々な疑問が浮かぶが、本人が目の前にいるチャンスを逃すわけにはいかない。
どうやらビターズも俺が探り屋だと知っているようだし、丁度いい。組織の事や、ビターズの事。これでもかと質問をしてみたが、ビターズもこういった質問攻めには手慣れているようだった。

中々思ったような成果を得られず、ホテルに入っていく後姿を眺めてから、ビターズに付けた盗聴器とは違うイヤホンマイクを取り出し、スイッチを入れた。

「風見、俺だ。今ビターズがホテル内に入った」
『了解。監視カメラで捉えています』
「そのまま見張れ」

今頃ホテルの監視室で監視をしているであろう風見に指示を飛ばすと、続いてビターズの盗聴器に耳をすませる。

『あぁ…それなら持ってないですよ』
『な、ないってどういう事だ!?裏切ったのか!!』
『裏切りも何も…貴方はここで死ぬ手筈になっていますので。それが組織の命令です。』

どうやらターゲットと接触できたようだ。じっと盗聴器からの音に耳を澄ませていると、ビターズの冷たい声のすぐ後にブチッと嫌な音がしたかと思えばノイズすら聞こえてこなくなった。

「切れた?」

今が最も重要な時だというのに!もしや殴られでもして壊れたのだろうか。いや、黒の組織のメンバーに、名前を持つ奴にそんな鈍い奴がいるわけない。

「風見!廊下はどうなってる?」
『女が一人出てきました。突入しますか?』
「…いや、ビターズがいなくなってからでいい」

あわよくばビターズを確保しようとも思ったが、先に被害者だ。
黒の組織に狙われたからには、おそらく死んではいるだろうが、あの被害者は公安が追っていた人物なのだ。捜査一課より先に確認しなければならない。

室内は風見に任せ、車の中でじっと待っていると何事もなかったかのようにビターズは戻ってきた。手には行く時にはなかったアタッシュケースがあったが、さほど中身には興味がないらしい。後部座席に投げると、座席の上で猫のように身体を丸めていた。

「それじゃあ帰りましょうか。ご自宅まで送りますよ」
「…じゃあ米花駅まで」

米花町までのルートを考えながらアクセルを踏み人気のない夜の道路を駆け抜ける。そうしてしばらく走り、赤信号で車を止め、ビターズを見るとうつらうつらとした目と目があった。

…今にも寝そうな顔だ。

「ふふ、眠いんですか?」
「…時差ボケって奴です」
「そうでしたか。それじゃあ眠っていてもかまいませんよ」

するとどうやら本当に寝たらしい。
車を走らせていると、すーすーと寝息が聞こえてきた。
黒の組織のメンバーにしては無防備にもほどがあるんじゃないだろうか。
呆れ交じりにため息をつくと、再度アクセルを踏んだ。








そろそろ米花町につく頃。
ビターズを起こすべきか。眠っているビターズを見ながら少し悩んでいると、耳につけていたイヤホンマイクからノイズ音が聞こえてきた。

『降谷さん、風見です。返事はなくて良いのでそのまま聞いて下さい』

了解の合図にイヤホンマイクを2回叩く。すると珍しく焦ったような風見の声が聞こえた。一体何かあったのだろうか。

『先ほど部屋にいた裏取引の男を逮捕しましたが、その…不思議な事が起きました。部屋に押し入った時はたしかに死んでいたはずなのに、搬送中に生き返ったんですよ!!』
「は?」
『詳しくは後で報告書を上げますが、その女に気を「レダクト 粉々!」

続きの言葉を待つ事なく、そのイヤホンマイクは機能を果たさなくなった。
突如としてボンッと小さな爆発音が耳元でなったのだ。あきらかに車の中で、耳元で鳴るような音ではない。

慌ててブレーキを踏むと、偶然にも後続車はいなかったようで事故を起こすこともなく車を止める事ができた。ブレーキをかけた勢いで下を向くと耳元にかかっていたイヤホンマイクが粉々になって自分の膝の上にバラけているのに気が付いた。見事に理などできないくらいに壊れている。ハンマーか何かで叩いたってこうはならないだろう。

「ビターズ、一体何を」

何をしたんだ、そう言おうとした矢先ビュッと風を切る音がした。目の前には先ほどまではなかった木の棒が向けられている。

「まさか来日して早々にバレるなんて。パーシーに怒られるわ」
「…あなた、何者です?」
「何者って、魔女?」
「ふざけてるんですか?」
「ふざけてないですけど…。もう一回粉々にしましょうか?」

イヤホンマイクが粉々になったのはやはりビターズが原因らしい。
どんな手段を使ったか分からないが、圧倒的に不利な状況のようだ。無表情に近かった顔が、今はニヤリと笑い、まるで獲物を見つけた動物のようだ。

さっきの風見とのやり取りが知られれば、NOCとバレて組織に突き出されるだろう。
顔は至って平静を装っていたが、額には汗がにじむ。

「パーシーとやらは組織の幹部?」
「バーボンはパーシーってお酒知ってますか?」
「いいや」
「それなら話は早いんじゃないですか」
「…NOCか」
「あなたも見た所お仲間のようですね」

笑顔を浮かべているが、顔に突き付けられた木の棒は動かない。一体この木の棒がなんだかは分からないが、余裕そうな所を見るとやはり状況は変わっていないようだ。銃やナイフよりも、殺傷能力などゼロに等しいというのに何か嫌な予感がする。

そしてやはりNOCだとバレているようだ。
寝ているなどと、出会ってすぐの人間を信じてしまった自分の判断ミスだ。だが、これはある種幸運とも言える。

「お互いNOCと分かったが、どうするんだ?俺を組織に差し出すんですか?」
「いいえ、記憶を消して元通りにします」
「は」
「さっきのお電話の相手も記憶消しますので。じゃあそういう事で。オブリビエむぐっ」
「ちょっと待て、記憶を消すってどういう事ですか」
「むぐむぐ」
「…とりあえず木の棒は没収します」

口をふさぐと、何を言っているか分からないがちょっと間抜けな顔だ。

プッと吹き出しそうになるのをこらえて木の棒を取り上げると、 ビターズはムッとした顔になった。どうやら顔に出やすいタイプのようだ。怒ったり、そっぽを向いたりと顔が忙しい。

木の棒を物質にして再度車を走らせると、人気のない道路は車を遮ることなく、あっという間に米花駅までたどり着いた。