毒と薬


「サソリ様〜、見てくださいこの新しい術!超かっこよくないですか〜?」
「…」
「永遠の美を僕なりにイメージしてみました」
「悪くはねぇ」

巨大な木々が生い茂る、誰も近寄らないような深い森の中。
暗く淀んだ雰囲気に似合わない笑顔を浮かべるのはサソリの部下兼弟子であるナマエだ。偶然にもこの森に入り込んできた賞金首を器用にも結晶のように氷結させるあたり、忍としてのセンスはあるのだが、いかんせんバカと呼ばれる人種であった。人を疑うという事をしないのか、サソリが犯罪者であると知っていて子どもの頃から今の今までくっついてきているのだ。

「やったー褒められた!」

ペットがご主人様に褒められた時のように大喜びしているナマエを見るサソリの目は呆れたものだったが、ほんの少し哀愁も混じっていた。

何故サソリがこのナマエを生かしているのかと言えば理由はほかでもない。傀儡の材料にするためだった。良い人傀儡の材料には良い忍びがいる。そして血継限界を持つ忍びを人傀儡にすればその血継限界もサソリのものになる。

(もしかしたらこいつは風影をもしのぐ人傀儡になるかもしれない)

そう思って育ててきたのだ。
そして最初に決めた期限は今日、ナマエの18歳の誕生日だ。
少々育ちすぎも否めないが、身体も成長し技も磨かれた。これ以上強くなれば殺すのも一苦労だろう。当初の計画通り今日実行せねばなるまいと一人心の中で覚悟を決めた。

「サソリ様?」
「…」
「サーソーリーさーまー」
「っ」

気取られぬように、毒が塗られたクナイを握りしめるといつもと違う様子を感じてかナマエは不思議そうにサソリの顔をのぞきこんできた。いつも純粋なガラス玉のような瞳と至近距離で目があうと、情けない顔をした自分が映っている。

これ以上この瞳と目をあわせていると戦意が削られそうだ。その時刺せばよかったものを、サソリはぼけっと立ち尽くすナマエから距離を取り、クナイをかまえてみせてしまった。

「クナイの練習ですか?」
「いや、本番だ。これには毒が塗ってあるからな」
「!!」
「俺は今からお前を殺す」

ご丁寧にもネタバラシをしてしまったのは情けなのか、それとも非情なのか言ってしまった本人にすら真意は分からなかった。
かまえたクナイからはぽたりと禍々しい色合いの毒が滴り落ちる。それはナマエの目にも見えたようで、両目をかっと見開いた。

(そりゃ今まで一緒にいた奴に殺すと言われたら驚くだろう)

さて、問題はここからだ。ナマエは泣くのだろうか、それとも怒るのだろうか。さすがのバカでもどちらかの反応をよこすだろう。
クナイをかまえたまま、どう動くのかナマエにだけ意識を集中させる。たった一瞬の瞬きすら戦いでは隙に繋がるが、この傀儡の身体だ。抜かりはない。サソリがいつでも攻撃できるような姿勢で留まると、「うーん」とナマエは何か考えるように声を漏らした。

「じゃあサクッとやっちゃってください」
「お前人の話聞いてたか?」
「ちゃんと聞いてましたよ。殺すんでしょう?あ、欲を言えばあんまり痛くない方法がいいです」
「…」

(そういえば、コイツはとことん馬鹿だった)

殺すという宣言を受けた癖に怒りもせず、泣きもせず、むしろ奴は満足気に唇に笑みを浮かべて見せた。それは心底嬉しそうな、まるで夢の世界を見ている様な光悦に満ちたもので興奮しているのが分かる。
サソリは長い事ナマエと一緒にいたが、こんな表情は初めてだった。

「僕、傀儡になってサソリ様と一緒にいれるなら殺されてもいいかなって思ってたんですよ」
「!」
「サソリ様も同じ考えだったと思うと殺されるっていうのに嬉しくてたまらないんです」

時折こぼれる笑い声と武器を全くかまえる姿勢がない事からこいつは本気でそう言っているらしい。頭のネジが1本どころか全部外れている。

だが同じ事を考えていたのなら抵抗される事もないだろうとサソリは改めてクナイを握り直した。
殺した後は同じ傀儡になるのだ。どこに躊躇う必要があるのだろうか。

「それに僕がいつか殺されるのなんて、最初から分かってましたよ」
「そうか。それならお喋りはもういいだろう」

なんの前触れもなく地面を強く蹴ると、サソリの軽い身体はあっという間にとの距離を詰めた。
その瞬間、その攻撃を察したナマエは防御するわけでも逃げるわけでもなく、ただただ綺麗ににこりと笑う。その姿は、死ぬ直前にするような顔ではないではない。けれど記憶の中で最後の顔が笑顔というのは悪くないだろうと思えた。
必要最低限の傷で抑えるために、器用にクナイの刃先だけを首元に走らせる。たったそれだけでこの穏やかな生活は終わりを迎えるのだ。両手を広げてクナイを受け入れるその姿に、サソリは何故か昔作った両親の傀儡を思い出した。
 

 
「…あれ?」
「ようやく目覚ましたか馬鹿野郎」
「生きてる。なんで?」

ぱちりと目を覚ますと、燃える炎のような赤く鋭い瞳がこちらを見た。それは間違えるはずもない、サソリ様の美しいお顔である。
はて、たしか自分の記憶の最後はサソリ様のクナイに触れたはず。あのクナイには殺す気満々だったのだからきっとお手製の猛毒が仕込まれていたはずなのだが。まさかサソリ様に限って仕込み忘れたなんて事はないだろうし…、なら何故生きているのか。

いまいちよく分からない状況のまま、とりあえず身体を起こそうと上半身に力を入れるとピリピリと電気のような痺れが走った。

「あれ、」
「一応解毒はしてあるが、まだ動くな。寝てろ」
「解毒って」

やはり間違いなく毒は塗られていたのだろう。ピリピリ走る痺れに、そういえば少し気分も悪い。言われた通り改めて横になると、側に座っていたサソリ様の横顔を見上げた。相変わらず美しくてうっとりしてしまう。殺されかけたというのにそれでもまだそんな事を思えるのだからサソリ様が言うように自分はきっと馬鹿なのだ。そうに違いない。
じっとその顔を見つめていると、呆れたようにその瞳がこちらを向いた。

「…お前の言う通り事を運ぶのがムカついたから殺すのはやめだ」
「えーなんですかその理由」

たしかにこんな未来は昔から予想できていたのだが、それが気に食わないからなんてサソリ様はかなりの天の邪鬼だ。だがどうやらその天の邪鬼で僕の命は延命されたらしい。嬉しいような、がっかりしたようなどっちともつかない気持ちが自分の中をぐるぐると回る。なんて表現したらいいものか。一人でヤキモキしていると、僕の気持ちを読み取ったかのようにジロリと視線が向けられる。

「…何か言いたい事があるって顔だな」
「いいえ何も。ただ少し寿命が延びたなぁって思って」
「お前の寿命はどうせ俺の傀儡になるんだから最初から永遠だ」
「そうですねぇ。僕が死んだ時は傀儡にして傍において下さいね」

今死のうが未来で死のうが僕が言ったあの言葉は本音で本望だ。
それを肯定してくれたその言葉が嬉しくて、本当なら抱き着いて気持ちを表現したいが今はそうもいかない。せめて、とサソリ様の身を包む上着を痺れる手で掴む。

「当たり前だ。その時は俺がお前を最高傑作にしてやるよ」
「それじゃあ俺ももっと強くならないと」

それは願いにも似た宣言だ。
サソリ様が最高傑作にしてくれるというのなら、僕はそれに見合う能力を手にしなければいけない。そのためには早く身体を治して鍛錬しなくては。身体を治した後の事を考えむふふと短く笑いを洩らすと、それを聞いていたサソリ様は特に掴んだ手を離せとも言わず、僕の将来最強計画を聞いては「つまらない」だの「馬鹿」だの口は悪いが相槌をうってくれてた。
そんな事が僕にとっては幸せで、やっぱり生きていて良かったかもしれないとちょっと思ったりした。