崩れかけのシュガーキューブ
「万ちゃんって彼女いるんスか?」
「はぁ?突然なんだよ。いねぇっつーの」
何回も聞いたそのセリフに万里は呆れながら「しつこいぞ」と元凶の太一を小突いた。そんな様子を横目に共に歩く天馬も乾いた苦笑いを浮かべる。
学校からの帰り道、横に並んで歩く太一と万里とは同じMANKAI寮へ帰るため当然帰り道も同じだ。帰り道のトークテーマといえば、いつも次の演目の話や監督の話、晩御飯の話になるのだが時々こうして太一が恋バナなるものを引っ張り出してくる。
毎回いないと答えているのに聞いてくるのだから太一も学習しないのかわざとなのか。
「えー!でも万ちゃんが女子と歩いてるのこの前見たっス!」
「…そういややたら太一が騒いでる日があったな」
たしかに数日前に「見ちゃったっス〜!」と言いながら太一がテンション高く騒いでいたのを見かけた。あれは万里が女子と歩いているのを見たからだったのかと天馬は歩きながら思い出す。
よくよく考えれば太一が興奮してる時は大体恋愛絡みだ。
「あぁ、それ俺の姉貴だ。二番目の」
「万ちゃんお姉さん二人もいたっスか!?」
太一ほどではないが天馬も内心驚いた。万里に姉がいる事は知っていたがまさか二人とは。そしてどんな人だろうと想像してしまうのはこの年齢なら当然だろう。高校生にとっては年上のお姉さんは色々と想像してしまうものなのだ。
そして件の弟は何でもできちゃうが故にねじまがった奴だ。兄弟ももしかしたら万能人間かもしれない。
興奮する太一をよそに万里はなんてことないような涼しい顔をしながら歩いていく。
「二番目の姉貴は俺と違ってなんにもできないんだよな」
「お前と真逆か」
何もできないと弟から断言される姉とは一体。
三人で歩くペースを揃えながら歩いていると、太一が興奮気味に「会いたいっす〜!」と叫んだ。その声のボリュームは近所迷惑レベルだ。やめろというように少しさげずんだ目で元凶を見ると、ふと太一の足がぴたりと止まった。
「どうした?」
「あれ!万ちゃんのその二番目のお姉さんじゃないっスか?!」
「あー?どれどれ」
もしも太一に犬のようなしっぽがついていたらブンブンと風を起こすくらいには興奮しているだろう。キラキラした視線を追うと大型ホームセンターから出てきた一人の女性がいた。何か買い物をしたのだろう、少し荷物を重たそうにしながらよろよろと歩いている。
「万里あれ…っていない!?」
「ナマエ!何してんのこんな所で」
「あ、万里君。学校帰り?お疲れ様〜」
さっきまで隣にいたと思っていた万里は、いつのまにかその女性の横に立っていた。本当に太一が見た万里の姉らしく、姉も万里も家族らしくリラックスして会話をしている。
万里の後を追うように二人も歩いていくと、ナマエが「あら」と二人の存在に気付き目を細めてふんわりと笑った。
「万里君の友達?いつも万里がお世話になってます」
「世話になってねぇってこいつらには」
ツンケンする弟に比べて姉はおっとりマイペースだ。なんだか想像していたより穏やかであまり万里には似ていない人だと天馬は思った。軽く会釈をすると、負けじとぺこぺこするものだからやはり万里より腰が低く、一言で言うなら良い人そのものだ。
のんびりとした自己紹介とよくある「いいやこちらこそ弟さんにはいつも世話になって」なんていう典型的な挨拶をしていると、万里がその雰囲気に痺れを切らせたのか、いまだ重たそうにぶら下げているナマエの持っていたビニール袋を取り上げた。
「おら、もうそのへんでいいだろ」
「えぇ〜」
「これ家まで持ってってやるから文句言うなって。…それにしてもこんなネジだのドリルだの買ってどうしたんだよ」
ちらりと見えたビニール袋の中身はたしかにこんなおっとりとした人には似合わないゴツめの工具類ばかりだ。万里も同じ事を思ったのだろう、そう聞いて見ればナマエはまた目じりを下げてやわく微笑む。
「流行りのDIYっていうのをやってみようと思って」
「はぁ?!そんなのナマエにできる訳ないだろ」
「そうかしら」
腕を組んで「んー」と思案の声をもらすナマエに、万里は驚いたように一歩足を後ろへ下げた。何かと飄々としているこの男があからさまにそんな反応をするなど珍しいと天馬も目を見張る。
最近DIYは流行りではあるし、女性がよくやっているから驚くような事ではないと思うのだがこの弟に至っては全くそうではないらしい。
「こんなの持って危ねぇだろ。俺が今度行った時にやってやるから絶対一人でやるなよ」
「うーん…そうねぇ。じゃあ今度帰ってきた時一緒にやりましょう」
渋々ながらも納得したらしいナマエに、万里は少しホッとしたような満足げな面持ちだ。工具の入ったビニール袋だけでなく、他の鞄も積極的に自分から持つとすっかりナマエの持ち物は全て万里が持っている。
このひねくれも姉の前では恰好をつけたいのだろうか。
「そうしてくれ。それじゃ俺は一旦家に寄ってから帰るわ」
「分かったっス!」
「別に自分で持てるのに」
「俺が持つって。それじゃあまた後でな」
「おう」
そう言って二人を見送ると、ナマエは一度こちらに振り返って少しだけ手を振ってくれた。それに気づいた太一がバカみたいに大きく、天馬も控えめに手を振りかえした。万里はといえば隣を歩くナマエを見た事もないくらい甘ったるい目で見つめていた。
「なぁ太一。あれって」
「なんスか?」
「いや、なんでもない…」
天馬は、二人の後ろ姿を見て少し不安になった。
何も考えずに見ればそれは仲睦まじい姉と弟だが、天馬には万里が姉に依存し、そして依存させようとしているように見えるのだ。
やる事なすこと全てを奪い自分を頼りにするように仕向けている。少しずつ少しずつ外堀を埋めていく、とても歪で依存とも捉えられる万里の好意の形。
それを言葉にしようとして、天馬は直前でぐっと飲み下した。
この事は言ってはいけない、見てはいけない。秘密にしなければいけないような気がした。
できるだけいつも通りの笑顔を張り付けて、太一の腕を掴むと天馬はスタスタとMANKAI寮への帰り道を歩き出した。
「それより早く帰るぞ。今日はカレーだ」
「あれ今日カレーの日っスか!?それは監督先生を手伝わないと!」
「だろ」
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姉は何でも人並クラスにはできる人。
だけど万里と比べてしまうとできない部類だし、全て万里がやってしまうから何もできない認定される話。