イミテーション・フラワー
『今日は肉じゃががたべたいです』
『唐突なリクエストですね。ですがあいにく僕には材料を買ってる暇がありませんので、買い物は任せました』
『任されました』
最後にOKというスタンプを押して、ピコンピコンッとリズミカルに電子音が鳴るスマホの画面を切った。そして財布とスマホだけを小さな斜め掛け鞄に入れると、それを持ってナマエは外に出た。
数日前から不本意にも始まった二人の同棲は想像以上に平和だった。
掃除や洗濯の家事は魔法で全て済んでしまうし、あまり得意ではなかった料理も安室が補ってくれるのだ。しかもどこぞのシェフかと言うくらいおいしいから驚きだ。こうしてすっかり胃袋を掴まれてしまったナマエはこうして時折料理をリクエストしている。
だがそれは安室の本来の仕事である公安の仕事が順調に終わり、夕飯に間に合う目途が立っている時だけの話だ。
ナマエはふんふんと小さく鼻歌を歌ってご機嫌にスーパーへ行くと、まずは迷いなく肉じゃがの材料をぽいぽいカゴに入れる。ついでにお菓子の棚もチェックして、新商品のお菓子も一緒に放り込む。(お菓子を買ってごはん前に食べると怒られるので、お菓子を買っているのはここだけの秘密だ)
あまり重くないカゴをレジで会計をすると、想像していたよりも買い物という任務を完了するのには時間はかからなかった。
「うーん」
店の外に出ると、日は傾いているものの、暗くなるまで時間がありそうだ。せっかく外に出たのだから、と帰り道は別の道を行く事にした。
ガサガサとうるさいビニール袋をぶら下げて、迷子にならないよう気を付けながらいつもとは少し違う道を歩いていると、さっそく小さな公園を見つけた。
小奇麗なその公園は誰かが整備しているのだろう。一歩引き込まれるように園内に入ると、ひとつだけあるベンチに男の子が座っている。何やら手を動かしてはちらほらとカラフルな何かが見え隠れしている。
「ん?」
「あ」
思わずその手元をじっと見つめていると、さすがに見過ぎたのか男の子が手をピタッと止まってばちりと目があった。
遠目でも目を引くあじさいのような綺麗な青紫の瞳だ。
ぼけっとしたナマエとは違って、男の子は瞳を細めてこっちこっち、と手招きをした。カラフルな何かは紙だったようで、くしゃくしゃと音を立てながら手の中に籠めている。
「お姉さん、手品好き?」
「手品?」
「そう、こういうのっ」
ぽんっと何かがはじける音と同時に現れたのは色とりどりの紙でできた造花だった。それは見事に七色で小さな虹のようにも見える。
「すごい!綺麗〜」
「へへ喜んでもらえて何より」
「これどうなってるのかしら。魔法じゃないものね」
「魔法とまで言ってもらえたら最高だね」
へへと喜ぶ姿はまるで子供のようだ。いや、子どもと言えば子どもなのだが。
なんだか微笑ましい気持ちになって、ナマエも釣られてえへへとだらしのない笑みを浮かべた。
話を聞く所によると彼、黒羽快斗は日々手品の練習をしているらしく、今日もここで練習をしていたらしい。ちなみに今回はこのくしゃくしゃになった紙が一瞬で綺麗な花なるというなんとも不思議な手品の練習で、見せたのは今回が初めてだと言う。
「もう一回!」
「何回見ても分からねぇって」
「あー!悔しい!」
それにしても何回見ても全くネタが分からないのだから、よっぽど練習したのだろう。
通算何回目だろうか、もう一回!と粘って何回も見せてもらったがやっぱりナマエにそれを見抜く事はできなかった。じっと見つめてもいろんな方向から見ても全く分からない。
(まさか魔法じゃないよね…)
杖も使っていないし、とチラリとカイトの様子を見るがやはりなんてことはない普通の男子高校生だ。となるとやはり手品のタネは分からずじまいだ。
貌にデカデカと「悔しい」と書いたようなぶすくれたナマエに、快斗は得意げだ。しかしナマエも悔しいままで終わるのは嫌だった。何せこちらは本物の魔法使いだ。この世で言う奇跡だって起こせてしまうのだ。
「よし、快斗君。お姉さんが本物の魔法を披露してあげよう」
「何〜?お姉さんも手品師だったのか?」
「まぁそんなもんかな」
種も仕掛けもある手品師とは似て非なる存在ではあるのだが。
こんな所で魔法使いだなんて言っても信じてもらえないのは安室で実証済みだった。むしろおちゃらけていう方が疑われなくて済むというのも最近学んだことだ。
ナマエは一般的に見れば少し加工のされた木の棒としか認識されない、魔法使いの命である杖を取り出すとそれを快斗へと手渡した。
「なんの仕掛けもそれにはないよね」
「あぁ、ただの棒だな」
コンコンとベンチを叩いて見たり、空にかざしてみたりとその杖がなんら変哲もない棒だと確認されると、ナマエの手元に帰ってくる。
「じゃあこの杖先を見ててね」
そして戻ってきた杖先を地面に向けると、小さく「オーキデウス」と呟いた。それは魔法界にいる時は滅多に使わない呪文で、何故こんな呪文があるのかと昔は不思議に思っていた。しかし今はこれほどマグル受けするかわいらしい呪文はないだろうとナマエは思った。
「?!これ本物の花か?」
「あはは〜すごいでしょ〜」
「どうなってんだ!?」
オーキデウスとはただただ花を出す魔法である。
杖が向けられた地面からぽんっと突然現れた花は見事に快斗の目をくぎ付けにした。快斗が触れるその花はたしかに本物で、なんなら地面に根っこすら生えていた。
今度はへへーんとナマエが鼻を高くして快斗が驚き、立場はすっかり変わっていた。
「お姉さん実はとんでもない手品師!?」
「いやいや。そんな立派なものじゃないけど」
まさか魔法使いだなんて言えるはずもなく。やたらとキラキラした目で見られナマエはうっと言葉に詰まる。ちょっとした対抗心から見せた魔法だったが、こんな罪悪感に襲われるとは全くの予想外だった。
「こんなの見た事ねぇよ。まるで奇跡だ」
「ふふん。奇跡は起こすものだよ。ひよこ君」
「!!」
これ以上喋るのは自分の良心が苦しい。純粋な目から逃れるようにそのひよこの身体のようなフワフワした髪を撫でまわしてやった。しかしさすがに撫でまわし過ぎたのか、見事にボサボサになってしまった髪にナマエもちょっと申し訳なくなってきた。さながら鳥の巣状態である。
「…ま、とりあえず私はそろそろ行くね。日が沈んできたし」
「あぁ、もう夕方か」
「そうそう。お家帰らないとね。それじゃ快斗君、手品の練習頑張って」
少し時間をつぶし過ぎた。気づけば空はもう夕焼け色だ。
安室が帰ってくるにはまだ早いが、料理の下準備くらいはしておきたい。ナマエは来た時同様ビニール袋を手にぶらさげて、公園の出口に向けて歩き出した。
「っお姉さんまたこの公園に来る!?」
「うん。時々来ようかな。そしたらまた手品見せてね」
「おう!」
「またね」
ばいばいと手を振ると今度こそナマエは公園を後にした。その足取りは楽しげなもので、今度はいつ行こうかなとさっそく思案しはじめていた。
「あ。お姉さんの名前聞くの忘れた」