2LDKの城
『親愛なる ナマエ・ミョウジ様
やぁ。こうして手紙を書くのは久しぶりだね!
日本での生活はどうだい?
そっちは今梅雨っていう時期なんだってハーマイオニーから聞いたんだけど、日本にも雨の時期があるなんて初めて知ったよ。
こっちは毎日闇払いの仕事に追われているよ。
この前はロンが一人で突っ走って大変だったけど、それはまた会った時に話そう。
実は今度三人でまとめて休みを取れる事になったんだ。
だから×月××日にナマエの家に遊びに行くよ!よろしくね!
ハリー・ポッターより』
「…」
綺麗なローマ字の筆記体でつらつら書かれた手紙から目を離し、ナマエはふと同居人である安室を見た。
まだ朝が早いにも関わらず今日は休日だからとブォォンと音を立てて掃除機を隅から隅までかけている彼のその姿はさながら主夫である。掃除など魔法でやればいいのだが、どうにもゆっくり腰を落ち着けるという事ができないタイプのようだ。そんな忙しなく働く安室に、だらりとソファにもたれかかりながら顔だけ向けた。
「ねぇ安室さん。今日って何月何日でしたっけ」
「×月××日ですよ」
「そうですよねぇ」
もう一度手紙を見る。
手紙にはたしかに×月××日に遊びに来ると書いてある。テレビをつけてみれば、アナウンサーが元気に「×月××日、今日のニュースです」なんて言ってるし、やはり今日は×月××日で間違いないのだ。何度見ても手紙の日付を見ても文字は変わらない。
という事は
「あむ【ピンポーン】
安室さん、と呼んだ声にかぶさるようにして鳴り響いたチャイム音にナマエは思わず「げ」と顔をしかめた。
普段の仕事が真っ黒とグレーな二人だ。来客などないに等しいこの家に、図ったようなタイミングでの来客など思い当たる節はひとつしかない。
「僕が出てきます」
「いやあのちょっと待ってって…あー」
すぐさま掃除機を置いてパタパタとスリッパ特有の音を立てながら玄関に向かう安室に、ナマエの声と行き場をなくした手は届く事はなく。渋々ソファから立ち上がると、スリッパをひっかけて玄関に繋がる廊下からひょいと顔を出してみた。ドアは既に開けられており、安室の後ろ姿だけが見える。だがその後ろ姿もなんだか驚いている様な、どうしたらいいのか戸惑っているような雰囲気を背負っている。
そろそろと近づいてみると、ここ最近は全く耳にしなかった言葉がひそひそと囁くような小さな声で聞こえてきた。
『家間違えた?』
『そんなはずないよ。住所はここで合ってる』
『じゃあ彼は誰かしら?まさかナマエの彼氏?』
『…家はここであってるよ』
あらぬ誤解を招きそうだと慌てて玄関で棒立ちの安室の横から顔をのぞかせれば、やはりそこにいたのは懐かしの友人たちだった。日本では見慣れない、緑色の目と視線が交わると彼はふにゃりと目じりを下げて笑った。
『『『ナマエ!!!』』』
『ハロー、久しぶり』
*
『で、彼は誰なのナマエ!!』
『彼は安室さん。同居人』
ひとまず玄関に外国人が三人もいるというのは日本では目立つので、ハグもそこそこに中に入ってもらうとハーマイオニーが一番大袈裟なリアクションをした。見た目とは裏腹に力強い手がぐわんぐわんとナマエの肩を揺らす。同時にハリーとロンもハーマイオニーほどではないにしても素っ頓狂な声をあげて慌てふためていた。その場において冷静であったのはナマエだけだ。
『同居人!?どうしてそうなったの!?』
『何もされてないよね?!』
『とりあえず落ち着いて』
『…お取込み中すみませんが、とりあえずコーヒーをどうぞ』
どうどうと興奮気味の三人を抑えていると、その間に安室はコーヒーの準備をしてくれたらしい。
なみなみとコーヒーの注がれたカップを机に並べ、ひとまず三人をソファに座らせる。来客など想定していない部屋のせいでソファ以外に座る場所がないナマエと安室はフローリングの上にクッションを敷いてその上に腰を下ろした。
座ると少しは落ち着いたらしいハーマイオニーはキラキラした瞳で安室を見る。それは学生時代にいやという程見た、他人の色恋沙汰に興味津々の女子特有のあの視線だ。
『貴方英語が喋れるのね!日本人はあまり英語ができないと聞いていたんだけど』
『僕も少ししか喋れないんですよ』
『そんな事ないわ。綺麗な発音ね』
安室はどうやら猫かぶり仕様で行くらしい。そんな事ないです、と謙遜する姿はまさかこれが演技だとは思わないくらい自然なものだ。絵に描いたような好青年っぷりに、まんまとそれに騙されてしまうハーマイオニーが少し心配になる。
そんな安室とハーマイオニーを見るハリーとロンは訝しな目を向けている。彼らも学生時代となんら変わりのない態度で、それが面白くてふふふと笑ってしまう。だが、ハリーを見てナマエはふと手紙の内容を思い出した。
『そういえばハリー、あなた達が遊びに来る手紙実はついさっき見たばかりなんだけど…その、本当はもっと歓迎したかったんだけど準備してなくて』
コーヒーくらいしか今出せるものがないのだと、しょんぼりと頭を項垂れる。
そう、今はまだ朝なのだ。冷蔵庫の中身はおおよそ朝食で食べて空っぽになってしまったし、当然買い物にも行っていない。わざわざ遠く離れた所から会いに来てくれた友人のために、精一杯おもてなしをしたいと思っても材料が何もないのだ。
その事を簡潔に伝えると、ハリーはとっくのとうに手紙が届いているものだと思っていたらしい。はっと息を呑んだ後『えぇ!?』と驚きの声をあげた。それに驚いたのはロンとハーマイオニーで。ここに来てからこの三人は驚いてばかりだとナマエはほろりと苦いコーヒーカップ越しに友人達をみた。
『ハリー、それフクロウ便で送ったんじゃないのかい?』
『フクロウ便だとさすがにフクロウが疲れると思ってマグルの郵便で送ったよ』
『それよ。マグルの郵便、ましてや国際郵便は想像より日数がかかるの』
『国際郵便なんて使った事なかったから知らなかったよ!それじゃあ突然来て驚いたよね。ごめん』
『ううん。サプライズみたいで嬉しかったよ』
それは本当の気持ちだと伝えるように喜びを頬に浮かべ、口角をあげる。
わざわざイギリスから来てくれた友人を、どんな形であれ歓迎しない訳がない。安室がいて、格段に寂しさは減りつつあるが、やはり時折友人達やイギリスが恋しくなるのだ。だからこそ彼らが来てくれた事が嬉しくて、歓迎したい気持ちがいっぱいなのだが。彼らを放ってでかける訳にもいかないだろう。
どうしたものかと顎に手をやると、それを聞いていた安室が机に手をついて立ち上がった。
『それなら僕が買い物にいってきますよ。皆さん積もる話もあるでしょうし』
『それ僕達もついて行っていいかな?日本のスーパーって興味あるんだ』
『ロンはお父さんにマグルの情報を教えてあげたいだけでしょ』
『まぁね。ねぇ、いいかな』
それに一瞬安室は驚いたようだったが、すぐに人の良さそうな笑顔を浮かべると「じゃあ準備してきますね」と言って自室に戻っていく。
その場に残された三人とナマエは、意図したわけでもなく自然と顔を寄せ、ひそひそと小さな声でしゃべり出す。特に聞かれて困るわけではないのだが、その場の雰囲気という奴である。
『ハーマイオニーは?どうする?』
『私はナマエともっと話したいわ!』
『ん。…二人とも外で魔法はダメだからね』
『分かってるよ!』
全く心外だと言わんばかりに首を振るロンとハリーに、念のためにもう一回釘を刺す。彼らは行く先々でいろんな事をやらかすコンビなのだ。いくら安室がついているとは言え少し心配だ。するとロンが上司であり、ロンの兄のパーシーに似ていると言うのだからハリーとハーマイオニーは思わず噴き出した。
『おや、何か面白い事でも?』
『君の彼女が僕の兄に似てるって話だよ』
『もう、そのネタ禁止!後彼女じゃないし。安室さん早く二人連れてっちゃって下さい』
『はいはい。それじゃあ僕達行ってくるよ』
財布を持った安室が出てくると、ぐいぐいロンとハリーの背中を押し出す。ナマエの顔はちょっとだけ赤い。その事に安室は首をかしげたが、特に何も聞く事はせずに大人しく二人を連れて外へ出た。ドアがパタリと仕舞っても、はしゃぐハリーとロンの声がかすかに聞こえる。
ナマエはようやく静かになった部屋で、ハーマイオニーと共にコーヒーをシンクへと運ぶ。三人が帰ってくるまでにはだいぶ余裕があるが、なるべく使った物はすぐ片づけたい。シンクに溜めたコーヒーカップに『スコージファイ(清めよ)』と杖を振る。
『で?彼本当に彼氏じゃないの?』
『しつこいなぁ。仕事の…パートナーみたいなもの』
『ふーん?』
もしかしてそれを聞くためだけに残ったんじゃ。
ちらりとハーマイオニーを見ると、それはもう満面の笑顔だ。という事は、きっと安室の方も同じ事を聞かれているのだろう。してやられた、なんて思っても後の祭りだ。
「大丈夫かなぁ」
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リクエストありがとうございました。
きっと安室さんもハリーとロンに関係について根掘り葉掘り聞かれてるけど、はぐらかしながらナマエの情報を引き出そうと水面下でバチバチしてるんじゃないかと思います。
いつかシリーズでも来日編を書きたいです!