三種の酒
「全く…なんでよりによってライなんですかね」
「俺に文句を言った所で今日のこのメンバーは変わらないぞ」
「スコッチと一緒が良かったです。あ、ビターズ。あなたはもちろん僕と一緒ですよ」
「…先が思いやられる」
月明かりだけが頼りの深夜二時を回った頃。
ビターズ、バーボン、ライの三人は夜に溶け込むような真っ黒の服を着てとあるビルの影に隠れていた。さすがに深夜というだけあって、あたり一面真っ暗闇でビルの中も外から見る分には電気がついていない。中に誰もいないなら潜入にはもってこいの状況だ。
ちらりとあたりを見渡してから、壁に寄りかかったビターズはポケットに入れていたスマホの電源をつけた。
暗闇の中で唯一人工的に光る淡い光はぼんやりとその顔を照らし出す。
「任務内容はこのビルのどこかにあるUSBを盗む事です。ここの社長は密かに我々の情報を集めていたようです。USBにはおそらく組織の情報が入っているのでしょう」
「ふむ。分かった。という事はこちらの情報は彼らには筒抜けという事か」
携帯の画面には今日の任務を暗号にして記したメモ帳が映されている。それを二人に伝え、データは削除された。
今日のこの任務はビターズとバーボンにとってはチャンスだった。
この会社がどんな情報を集めていたかは分からないが、黒の組織が回収するデータだ。よっぽど重要な何かがそこには入っているのだろうと簡単に憶測がつく。組織の元に流れ、消されるよりも先にこちらがそのデータが欲しい。ライより先にUSBを見つけなければ、と二人はここに来る前から意気込んでいた。
「えぇ。ターゲットの抹殺はまた別の場所で、との事ですから今日は探し物だけですね」
「フン。こんな任務に俺達三人とは、役不足じゃないか?」
「…ジンの考えなど私には分かりません」
ただ二人の予想外であった事はライがいる事だ。携帯の電源を落とし、隣でのんきにタバコを吸っている男、ライはビターズの視線に気づくと持っていた携帯用の灰皿でタバコを消した。
二人なら手っ取り早く魔法で解決してしまうのだが、他の組織の人間、しかもよりにもよってバーボンとあまり仲が良くなさそうなライと一緒なんていうのはいやがらせに近い。全くジンは何を考えているのやら。直接異議申し立てでもしたいくらいにこの二人の関係性は悪いようだ。物凄い眼力でライを睨んでいるバーボンはきっと今日はあまり冷静でいられないだろう。
それならば自分が仕切るのが自然の流れだろうか、とため息に似た息を吐いて二人の顔を見る。暗闇でハッキリとは見えないが、雰囲気は相変わらず重たいままだ。
「早く行きましょう。喧嘩してないで」
「…ビターズに免じて今日はし、か、た、な、く同行を許可します」
「やれやれ」
やれやれと言いたいのはこっちだと、ビターズはビルの影から一歩踏み出した。
古臭い鍵を開けて、踏み入れたビルの中はまるで大きな物置のようだった。
フロアごとに置かれたデスクの上には書類や本が出っ放しで雑多な印象を与える。木を隠すなら森の中というが、こんな物置状態の中からUSBほどの小さなものを探すのなんて到底見つかりっこないだろう。探し物をするには電気をつけたい所だが、電気をつけてしまえば人がいる事がバレてしまう。バレた所で処理してしまえば問題はないのだが、わざわざ被害を出す必要性もないだろう。携帯の電気をつけて、できるだけ外に光が漏れないようにあたりを見渡す。
普通に探せばこれは夜明けが訪れようとも見つからない可能性が高い。だが、普通に探せばという話だ。ちらりとバーボンを見ると、バーボンも同じ事を考えていたのだろう。こくりと頷き合う。
「それじゃあ手分けして探しましょう。ライは三階、バーボンは二階。私は一階を探します」
「分かった」
「異論ありません」
仲が悪い割に仕事はきっちりこなすらしい。スムーズに分担分けが済みライとバーボンが上がったのを確認して、ビターズは一階のフロアをぐるりと見渡した。
山積みの書類や出しっぱなしのファイル。散らばった文房具など果たして本当にここで仕事をしているんだろうか、と疑いたくなるくらいの散らかりようだ。こんな所いくら探したってキリがない。
探す仕草もせずにポケットの中から杖を取り出すと、控え目に杖先を空に掲げた。
「…アクシオ、USB」
ぽつりとつぶやいたそれは呼び寄せ呪文である。
そこらへんにUSBが落ちているのならビューンと手元にやってくるのだが、反応しないという事はどこか鍵のかかった場所に仕舞われているのだろう。更に言えばこのフロアからガタガタと何かが揺れる音もしなかった。つまりここには鍵のかかった何かもない、ただの汚い部屋という事だ。
それならば一階に用事はないと早々に階段をあがると、バーボンは階段脇でこちらを見ると待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべていた。
「バーボン、どうでした?」
「こっちは物音はしなかったので三階でしょうね」
事前に打ち合わせた通り、耳をすませていたようだがやはり物音はしなかったようだ。
念のためにともう一度呼び寄せ呪文を唱えてみるが、やはり二階でも物音はしない。という事は残るは3階のみだ。一番厄介な所を厄介な奴に任せてしまったと思っても後の祭りである。
さて、どう理由をつけて三階から引きはがそうか。二人で腕を組んでうーん、と悩んでいると降りてくる足音が響いたかと思えば、階段の手すりからライが顔を出した。
「あぁ、丁度良かった。ビターズ、バーボン。ちょっと来てくれないか?」
「ライ。どうしたんですか?」
「いや、三階に金庫があるんだが中から不審な音がするんだ」
「「……」」
もしかして、もしかしなくてもそれはアクシオの影響だろう。
ビターズとバーボンは顔を見合わせて無言のままその金庫があると言う三階に向かった。
三階は社長室らしい。下の階とは違って管理が行き届いているようだ。本は本棚に、書類はファイルに並べられてあいうえお順できっちり並んでいる。
整理整頓が行き届いたの部屋の端っこに鎮座する金庫はライの身長と同じくらいの大きさだ。重苦しい黒金の扉には、いくつものダイヤルがついている。もし、ひとつのダイヤルが解けてももうひとつのダイヤルがそろわない限り開かないのだろう。なんとも面倒な金庫だ。
デジタルならばデータ解析をすればあっという間だが、アナログはわずかについた傷やダイヤルを回した時の音で正解を導き出さなければいけない。時間と手間がかかるのだ。
「これは俺には手がおえん。君らのどっちかはできるか?」
「それなら彼女が適任でしょう」
「…任せて下さい。でもここからは一人で集中したいので、念のために下で見張りをお願いしても?」
バーボンの言いたい事を瞬時に理解したビターズは、もっともらしい事を言ってライに投げかけた。
のんきに三人で探し物をしていたが、一応ここは黒の組織の敵の会社なのだ。いつ警備システムが作動してもおかしくはない状況である。逃げ時を逃さないためにも本来ならば常に出入り口に見張りがいても良いくらいだ。
「あぁ、分かった。君はどうする?」
「僕はあなたがやられた時のためにここで静かにビターズを待っています」
「…まぁいい。終わったら呼んでくれ」
「はい」
安い挑発に乗る気もないらしいライは、相変わらずの無表情で一階へ降りていく。
バーボンと共にそれを見送ると、ようやくビターズは金庫の前に立った。また隠しておいた杖を取り出し「アロホモーラ(開け)」と唱えて手首をスナップさせる。するとダイヤルは手を触れずとも勝手にガチャガチャと音を立てて動き出した。それはまるで映画のCGのようで、隣にいたバーボンはまるで玩具を見つけた子どものように、ワクワクした面持ちでそれを見ていた。
そしてようやく最後のダイヤルがガチャンッと音をたてて止まると重厚な扉がわずかばかり開いた。そこから手を入れ、扉を大きくあけ放つと帯のついた現金と透明のジップロックに入れられたUSBがあった。きっとライが聴いた音というのは呼び寄せ呪文で呼ばれたUSBが扉に阻まれてぶつかった音だろう。
そっと袋に手を伸ばし、中身を取り出すとそれに杖先の照準をあわせる。
「黒いUSB…これですね。ライに報告する前に少し細工をしておきましょう。ジェミニオ(そっくり)」
そして杖先でポンと触れると黒いUSBが二つになった。
*
黒いUSBを再びジップロックの中に戻し、ビターズとバーボンはライの待つ一階へ降りたった。彼は外に警戒はしていたようだったが、特にやる事がなかったのだろう。散らばった書類の一枚を読んでいた。
「それ、ちゃんと元の場所に戻しておいてくださいよ!」
「分かってる。それよりあったのか?USB」
「はい。これですよね。残念ながら不思議な音の原因は分かりませんでしたが」
ほら、とジップロックを確認のためにライに投げると、反射神経がいいのか空いていた手で見事にそれをキャッチした。魔法で起きた物音には納得していない様子ではあったが、その中身がたしかにUSBである事を確認すると先ほどまで読んでいた書類を元の場所に戻す。
「じゃあそれはライに任せました。私あんまりジンと関わりたくないので」
「…分かった。渡しておこう」
「嫌なら僕が持っていきましょうか?」
「いや、いい」
USBを回収し終えたならばこれで任務終了だと三人は周囲に気を付けながら当初に集まったビルの影に再び身を隠した。
ここからはもうそれぞれ車に乗るなり徒歩で帰るなり自由に解散だ。ビターズとバーボンは帰る所は一緒だが、ライがいる手前一緒に帰ることもできない。ひとまず違う方向にバラけようと「それじゃ」と片手をあげようとしたその瞬間。
黙っていたライが再びタバコに火をつけてその鋭い視線をこちらに向けた。そして薄い唇を開いてぽつりとつぶやいた。
「お前たちは付き合ってるのか?」
「「は??」」
「いや、……妙にバーボンがベタベタしているからそうかと思ったんだが、」
やはり何でもない、と言いながらタバコを吸い、白い煙が吐き出される。その白い煙が空気に混じって消える頃ようやく何を言っているのか理解ができたビターズが口を開いた。
「ちょ、待って。何でもなくないでしょう。誤解、」
「いや。何も言わなくていい。俺はもう行く」
「え!?ちょっと」
一人で爆弾を投下したかと思えば、聞く耳を持たないライは反論は聞かないと言った風に首を振る。
あらぬ誤解を招いたまま解散なんて冗談じゃない。「バーボンも何かライに言って下さいよ!」と何も言わないもう一人の被害者を見る。すると、俯いているせいか、単純に暗いせいか表情が見えない。どうかしたのだろうか。
「フッ。じゃあな、オールドファッション」
「?」
無表情な顔は意味ありげにニヤリと弧を描いてライは暗闇へと消えていった。
ぽつんと取り残された二人は、とりあえずその場を離れようと足早にその場から立ち去った。そして街灯で照らされた明るい大通りを二人で並んで歩く。二人暮らしになってから、一緒に歩く事など皮肉な事にこうした任務帰りが多い。そうなると自然と話題も任務の事になる訳で、ビターズは素朴な疑問を吐き出した。
「オールドファッションってなんですか。ドーナツ?」
「…バーボンとビターズを使ったお酒の事ですよ」
「へぇー。バーボンは物知りですね」
という事はやっぱり誤解は解けてないのか、とちょっぴり残念な気持ちになる。ベタベタしてるだけで恋人扱いされてしまったら噂に聞くスナイパーコンビのキャンティとコルンはどうなんだろう。
ビターズはぼーっと空を眺めながらそんな事を考えていて、隣のバーボンが何を思って熱のこもったため息を吐いていたかなんていう事は全く気にもならなかった。
「そういえばこれ。本物のUSBです。安室さんに渡しますけど、ちゃんと情報流して下さいね」
「あぁ。分かった。それにしても偽物のUSBを渡したライがどんな事になるか楽しみで仕方ないな」
「…安室さんてライの事よっぽど嫌いなんですね」
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今回は黒の組織に潜入中の三人という事で名前変換要素がゼロに( ;∀;)すいません。
魔女のコードネームがビターズなのは実はオールドファッションコンビとしてバーボンと動かしたかったからでした!
(バーボン+ビターズのお酒ですがライ(代用)+ビターズでもオールドファッションになるのですが…)
ベタベタしてるだけでライは勘違いしたかと思いきやきっと安室の纏うオーラ的な何かがビターズには柔和なんじゃないかなと思ったり思わなかったり。…。
リクエストありがとうございました!