旅の薬師参
冬の間、薬師の命とも言える草花は雪に埋もれて取れる種類や量は少ない。けれど雪山には雪山にしか咲かない草花もある。
「あった。椿の花」
雪が積もるこの森では、赤い椿の花はよく目立つ。積もる雪を払い落として必要な分だけ花と葉をちぎり、採取用のカゴの中に収めていく。
椿の種子が椿油として利用される事は有名であるが、花や葉も陰干しすれば立派な生薬だ。花は整腸に、葉は切り傷や擦り傷に効く。椿の木は一石二鳥どころか一石三鳥なのだ。ただしどんなに有用であれ、取りすぎは環境破壊につながるので必要な分だけを取るのが道理である。
籠が半分埋まった所で、採取はやめて未だ居座っている娼館に戻る事にした。
雪を踏み固めながらえっちらおっちら小樽の町まで戻ると、娼館で世話になっている男が謎の刺青を探す二人組を見たという。
「どんな奴だい?」
「軍人とアイヌの少女の二人組だ。あっちの森に戻ると言っていたが」
あっちと指さした方向は私が行った森とは真逆の方だ。
そういえばまだあちらは探索していなかったな。そいつらを追うついでに採取と行こうか。そう算段をつけ、手に持っていた椿入りの籠をその男に押し付けた。
「分かった。悪いがこれを私の部屋に運んでおいてくれ。出かける」
「あいよ。ってまたその箪笥背負って山登りするのか!?」
「平気平気」
刺青、もしかしてもしかするのか。この前の海苔巻おにぎり入れ墨事件(私命名)があったから期待はできないが、それでもやはり気にはなる。逸る気持ちを表すように、足は勝手に早歩きになっていて、重い薬箪笥を背負っているとは思えないくらいの速度で町を突き進んだ。
あっち、と言われた森へ近づくと足跡は徐々に減って、点々と続くのは三本になった。大きい物と小さい物だ。その足跡にかぶさるように大きい足跡。誰かが二人組についていっているのか。
足跡に沿って山を登っていけば、遠くの方に目に見える程の煙があがっている。食事用に着けた火でも、狼煙でもあんな煙の量にはならない。こんな時期に山火事もないだろうし、一体なんだろうか。ただ煙のおかげで森に人がいる事は確認できた。できるだけその煙の元まで登っていくと、ただ倒れた一人を除いて、そこには誰もいなかった。
「またこの刺青か」
生木が燃えて凄まじい煙を吐き出す中、口元を裾で抑えながら倒れている人に近づいてみると冬だというのに上半身は裸だった。しかもただ倒れているわけでもなく、この男は死んでいた。たしか海苔巻おにぎりのあの男もこんな刺青をしていたような。
しかしこの男は何故手を広げるように拘束されて殺されているのか。軍人とアイヌの子どもがやった…にしてはおかしな点がある。拘束している男をわざわざ側面から撃つ理由が分からない。
「どうしたもんかなぁ…」
悩んだ末に結局その日は森で野宿をした。もちろんその殺人現場からは離れた場所で、だ。
一旦娼館に戻る事も考えたが、いちいち行って戻っては面倒くさい。軍人とアイヌの少女がこの森にいるなら、どこかで会えるかもしれない。
そういう訳でまずは朝食を作る所から一日が始まる。のがいつもの流れであるが、あいにくと野宿の準備はしていない。とりあえず薬箪笥の端に仕舞っておいたわずかな干し芋で腹を満たし、二人組を探すついでに朝飯兼材料探しをしよう。
もしかしたら昨日の現場に戻っているかもしれないし、まずは昨日見た場所に行ってからだ。
真っ白な雪の上をザックザックと音を立てながら、記憶を頼りに歩いていく。道中不思議な罠がそこらかしこに仕掛けてあったが、私に直接何かあるわけでもないので無視して進んだ。むしろ罠よりも低い木の枝の方が、薬箪笥に引っかかってよっぽど鬱陶しかった。
「あ、やっぱりいやがったな」
「!?」
いい加減木に引っ掛かりすぎてイライラし始めた頃、あの現場へとたどり着くと案の定そこには軍人らしき男がいた。しかし、中々に間が悪かったらしい。男の手には小刀が握られ、刃先はあの死体の皮を切り取っていた。動物の解体ならば何度も見た事はあるが、さすがに人間を剥いでいるのは初めて見る。思わずその剥ぎかけの手を注視すると、その刃先は迷わずこちらに向けられていた。
「あんた、刺青の話を聞いて来た奴か」
「あぁ、そうだよ。軍人とアイヌの少女が探していると聞いた。が、どうやら私とお前の探す刺青は違うらしい」
男が剥いでいる目的がその刺青のようであるし、これはまた空振りだ。やれやれと首を振ってみせるが、男は未だに警戒心をむき出しにしている。さすがに軍人とだけあって短刀を掴む手は力強そうだ。
「違うって…あんた、この刺青を探しに来たんじゃないのか」
「違う。私は胸に花の模様の刺青を探している。」
「胸に花?」
刃先はまだこちらを捉えているが、少し拍子抜けしたようなきょとんとした顔に変わる。
私は自分の服の釦をいくつか外して自分の胸元を肌蹴させた。
「こういう奴だ」
冷えた空気が胸を撫で、鳥肌が立つがこれくらいしないとこの男の刃は降りそうにないのだ。
見せた肌の上には丁度心臓あたりから黒い花のつぼみが刻まれている。花からは少し蔓が伸び、それは四方八方へと広がっていた。
「なんだこれは」
「私が探している刺青だ。同じような奴を見たり聞いた事はないか?」
「…ないな」
「そうか。残念だ。まぁこういう訳だから、まずはその刃降ろしてくれよ」
いい加減我慢の限界で、私は釦をひっかけ男はスッと刃物を下してその刃先をまた死体の皮へとかけた。どうやら疑念は晴れて再度その皮を剥ぐらしい。一般人が見たら気絶物だろうが、私はそれより興味が勝った。皮を剥ぎ、剥がれる人間など早々見られるものではない。
近くに転がっていた大木に座り、一度薬箪笥を下して肩を休める。男の皮剥ぎも恐ろしい事に手慣れているのかすぐ終わりそうだった。
「なぁその刺青は最近流行ってるのか?」
「こんなのが流行ったら世も末だな」
「そうかぁ?一昨日も見たからそうかと思ったよ」
「なんだって!?」
丁度剥ぎ終わったらしい男はその手に刃と皮を持ったまま、今度はこちらに来るものだから丸腰の私としてはたまったものじゃない。身をひるがえして薬箪笥の後ろに隠れ「こっちに来るな!」と言えば自分の恰好に気付いた男はハッとした様子だったが、それでもやはり興奮したような面持ちだった。
短刀を持って近寄られるとこれから私も剥がれるのかと思ってしまうだろう。
「それはどこで!?」
「小樽の町中で見たよ。海苔巻おにぎり風の男」
「海苔巻…それは人間なのか?」
「人間さ」
さすがの私だって冗談で海苔巻おにぎりを人間だと紹介はしない。だが男はその情報だけでも良かったらしい。目は爛々と輝いている。
だが生憎手元は血だらけで、遠目から見れば物凄い怖い絵面だ。
あぁ、海苔巻おにぎりのお兄さんには悪い事をしたな。もしかしたら剥がれた彼のようになってしまうかもしれない。見かけたら忠告くらいはしておこう。きっとまだ小樽にいるであろう海苔巻おにぎりに内心謝りながら、私は再度薬箪笥を背負い直した。
刺青が違うならばもう用事はないからだ。
「杉元〜終わったか〜?!」
「まだ戻ってきちゃ駄目だよー!!」
「…アイヌの少女か」
そういえば、すっかり人皮に目を奪われていたが軍人はアイヌの少女と一緒だったはずだ。という事は少女はこの恐ろしい光景から離れているのか。
「仲間が来たなら私はもう行くよ。腹減ったしなぁ」
非常食の干し芋しか食べていない私の腹はもう限界だ。この杉元と呼ばれた男には聞こえていないかもしれないが、グゥと腹が鳴っている。今日はもう暖かな部屋でごろごろしたい気分だ。
くるりと杉元に背を向けて、山の下を見れば小樽の町が広がっている。この距離ならすぐに戻れるだろう。
「ちょっと待て。あんた名前は?」
「ナマエだけど、何かまだ御用か?」
「いや。さっきの刺青、話を聞いたらお前に伝える。だからこの刺青を見かけたら俺に教えちゃくれないか」
杉元は手ぬぐいで血を拭いながらそう言った。
たしかに私一人で探すより、違う物にせよ刺青を探している人の手を借りた方が話は早いだろう。だがしかし私は根無し草である。
「私は流れ者でね。しばらくは小樽にいるが、すぐに離れてしまうかもしれないよ」
「それでいい」
「…分かった。私はいつもこの薬箪笥を背負って薬師をしている。この薬箪笥の事を聞けば人の記憶には残っているだろう」
「交渉成立だ」
*
「おかえりナマエ。椿の花と葉は陰干しにしておいたがそれで良かったか?」
「おう。ありがとよ」
娼館の私室に戻ると、昨日取ってきた椿の花と葉は綺麗に並べられて陰干しされていた。これなら後数日放っておけば生薬として使えるだろう。
ひとつひとつ葉を裏返しながら、今日あった事を振り返る。
あの刺青は結局なんだったのだろうか。聞けば良かった。…いや、聞かない方が幸せか。剥がれる刺青などろくなものではない。刺青を探しているのかと聞いた杉元の目は恐ろしいものだった。
「変な刺青ねぇ…」
小樽に来てから不思議な出来事ばかりで困る。この椿の葉を、自分自身に使わない事を祈るばかりだ。