犯人はお前だ


「ナマエさん、どうかされたんですか?」

すっかり共同生活が板について来た、ある日の朝。安室は「はて」と首を傾げた。目の前ででかける準備をするナマエに、違和感を覚えたのだ。

今日の彼女は、なんとなくだが体調が悪そうだ。

彼女が連日の徹夜で(薬を作っているらしい)体調を崩す事は度々あるのだが、それにしては様子がおかしい。徹夜の証である隈があるわけではなく、代わりに少し目つきが鋭い。

「もしかして、バイト行きたくないんですか?」
「いえ、そういうわけではなく。バイトは楽しいですよ」

彼女が体調が悪くなる原因なんて、安室には徹夜とその職場でのストレスくらいしか思いつかなかった。

そう、彼女はついに数日前から働き始めているのだ。ここからほど遠くない、カフェの店員らしい。しかし、そのカフェでの仕事を初勤務の日には楽しく語っていたのだから、彼女の言葉通りそういう訳でもないのだろう。
なら一体どうしたのかというのか。さすがに心配にもなるというものだ。

「あ、そろそろ行かないと。安室さん、鍵お願いしますね」
「あぁ。いってらっしゃい」

そうこうしている間に時計の針は結構進んでいたらしい。ナマエはバイトの制服が入ったトートバックを持って、よろよろと壁伝いに玄関に向かっていった。その後ろ姿はどこかビクビクしていて、見ていれば玄関を出る時もそーっと外を伺い見るようにして慌てて飛び出して行ってしまった。

「…?」

怪しい。実に怪しい。過度に人目を気にしているようだ。
黒の組織の仕事をしている自分たちにとって人目は憚るものではあるが、それはとても今更じゃないだろうか。

いまいち腑に落ちない行動に疑問を抱えながら、安室も着々と身だしなみを整え、ひとまず自分も仕事に向かう。


愛車のRX-7を走らせて、向かう先は警察庁だ。
ずいぶん長い事潜入捜査をしていた降谷にとっては、自分の戻る場所だというのに人も建物も懐かしい。

誰しもが急ぎ足で廊下を通り過ぎる中、降谷もカツカツと靴音を響かせて警備企画課のフロアへ姿を現した。久しぶりの登場に湧く仲間たちからの挨拶を適当に返しながら、ようやく自分のデスクにたどり着く。

まずはデスク上の山積みの書類を片づけなければ。ザッと目を通して判子を押す。溜まった書類は風見が振り分け、それをまた延々と続けていくと降谷はふと自分の近くにいるはずの部下を思い出した。

「あれ、岡田は今日休みか?」
「岡田はー……えー、買い出しにいってます」
「ほぉ?随分長い買い出しだな」

近くにいた風見に聞いて見れば、なんだか堅い笑いが返ってきた。降谷の認識では岡田は真面目な奴だったのだが、こんなに長い事でかけているのもおかしいだろう。だが聞いた所で自分にはさほど関係がない事だ。どうせ他の奴らからも買い出しを頼まれて店を回っているに違いない。

そう適当に決めつけ、再び書類に目を通すと滅多にならない降谷の携帯が小さな音を立てて震えていた。表示された名は「B」。言わずもがな、ビターズだ。

ひとまず風見に「ちょっと出る」と一声をかけてから、降谷は人気のない非常階段へと出た。

「もしもし。どうしました?」
「お仕事中にすみません。あの、大変申し訳ないのですが私のバイト先まで至急来ていただけないでしょうか」
「何かあったんですか?」
「あー、その…引き取って欲しい人がいるんです」
「引き取って欲しい人?」
「はい。岡田さんという方なんですけど」
「…すぐ行きます」



ナマエからの電話を取った直後、降谷はすぐに自分の席に戻ると愛車の鍵を持ってフロアを出た。「降谷さん!?」と呼び止める風見の声も聞こえたが無視である。
急いで、しかし安全運転で事前に聞いていたバイト先のカフェ近くの駐車場に止める。平日の昼間だけあって駐車場は止め放題だ。

まさかこんな形でバイト先に来る事になろうとは思ってもいなかった。来るならばもっと落ち着いた形で来たかったものだ。

カフェの扉を開けて店内を見れば、こちらも人はまばらである。

「あ、降谷さん。いらっしゃいませ。すみません、お呼び立てしてしまって」
「いえ。なんて事はありません、それよりも」
「あぁ。岡田さんでしたらあちらに座ってますよ」

出迎えてくれたのはカフェのエプロンをしたナマエだった。今は比較的朝に比べて顔色がよくはなっているものの、やはり表情は浮かばない。

彼女がこっそり店内を指さすその先を見れば、たしかに降谷の部下である岡田がちまちまと白いカップを傾けていた。
その姿は典型的な猫背で、小さく縮こまっているように見える。どことなく漂う雰囲気は落ち込んでいるような、悲しげなものだ。たしか風見は買い出しと言っていたのに、何故こんな事になっているのか安室はヒシヒシと嫌な予感を感じていた。
ズンズンと大股で近づいて見れば、足音に気が付いた瞳が降谷を捉えてわずかに目を開いた。

「岡田!」
「ふ、な、何故ここに!!」
「何やってるんだ勤務中だろう」
「すいません!!!あの、決してやましい気持ちがあったわけではないんです!」
「???…ちょっとナマエさん、説明を」
「実はですね」

聞けばなんと、ナマエはここ数日何者かの視線に怯えていたらしい。家を出る時、時にはバイトの時。必ず一人で外に出ている時に感じていたという。人目は安室にとっても嫌な物であるが、同様に秘密を抱えていたナマエにとっても気が気でなかった事だろう。

そしてその犯人として岡田を見つけたというのだ。しかもそれを本人も認めているのだからつまり間違いないのだろう。部下がストーカーなんて予想だにしなかった事件に、安室の顔も思わず青ざめる。

「しかし何故ストーカーを?」
「ち、違うんです!実はちょっと前から貴方に恋人ができたと噂が流れておりまして」
「「ほぉ」」
「どんな人だか気になるからと交代で見に痛ッ」
「馬鹿ですか」
「う、すいませんでした…!!」

安室はこれ見よがしに大きなため息をついた。身体中の酸素を全て吐き出すような、深くて重いため息だ。そのため息に岡田がビクッと大袈裟に肩を揺らしていたが、見ていないフリをした。

まさか彼女の体調不良の原因が部下(更に元を辿れば自分)だとは思いもしなかったのだ。その後すぐに岡田と共に見事な九十度のお辞儀をして見せた。顔を下げた岡田の顔は、大の大人には不釣り合いな涙目で、それだけ反省はしているのだろう。しかし謝ったからと言って彼女の気が収まる訳ではない。

ちらりとナマエを見れば、「これでもう終わりですよ」と少し呆れたように肩をすくめて見せた。手には先ほどはなかったお冷が入ったコップを持っている。すっかり忘れていたが彼女も勤務中なのだ。ナマエの寛大な恩情に、安室はまた岡田と共に勢いよく頭を下げたのだった。

そして岡田を先に帰らせた後。せっかくだからと新しく頼んだコーヒーを飲みながら安室はふと疑問に思った事をぶつけてみた。

「そういえば、どうやって岡田を見つけたんですか?」
「あぁ、隠れた人を見つける呪文があるんですよ。店長の目を盗んで使わせていただきました」
「なるほど。フッ、君にはかないませんね」



「お前ら全員ここに整列だ」
「すいませんでした!!!」
「し、しかしですね降谷さんの彼女となると数々の条件をクリアしていただかないと」
「なんだそれは。……しかも彼女は恋人じゃないぞ」
「じゃあ何故同棲を?!」
「彼女はフリーですか!!」
「ええいうるさい!散れ!仕事をしろ!」


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風見達が余計な勘ぐりをして監視する話が書きたかっただけです。