わたしの春を青くした人


セブルス・スネイプという男は、不器用な人間だと思う。

あきらかに分が悪いというのに悪戯仕掛け人(主にポッターとブラック)といたちごっこの戦いをしたり、好きだろう女の子に穢れた血なんて言ってしまったり。彼だって半純血。人の事は言えないのだ。虚を突いて出た言葉に謝ろうともせず、距離だけが開いて。

かと言ってそれを見ていた私が表だって戦いを止めたり、二人の間を取り持とうなんて事はしない。
結局私は一番自分の身が可愛いのだ。



「今日はなぁに、雨でも降ったの?」
「分かってるなら言うな」
「はいはい。【乾け】」

今日の悪戯仕掛人との術の掛け合いは、残念ながらスネイプが負けたらしい。私が姿を現す頃にはすっかり濡れ鼠…いや、濡れ蝙蝠と言った方が正しいだろうか。びしょ濡れになった彼の姿があった。

彼以外誰もいなくなった廊下で、杖を一振りすればべったりと肌にまとわりつく服からスッと水分が抜けていく。あっという間に拭くを乾かすこの呪文は失敗すれば対象者の水も飛ばしてしまうのだから中々危険な呪文である。

それを分かっていてかけろと言うのだから、これは信用されていると思ってもいいのだろうか。

「スネイプも練習しなよ。できて損なことはない」
「簡単に言うな。それに僕は呪文を作るのに忙しい」
「えー。適当にびゅーん、ひょいってやればできるのに」
「それはお前だけだ」

高い鉤鼻をふんと鳴らすスネイプは、服が乾いて用事が済んだと言わんばかりにすぐに後ろを向いて歩き出す。

服を乾かした事に対する礼がないのはいつもの事だ。そして私も要求しない。自分が好きでやっている事だし、今こうしてその後ろをついて行っても怒られないのだから、それが彼なりのお礼なのだろうと思っている。

彼が向かうのはいつも図書室だ。
適当な闇の呪文の本を一冊本棚から抜いて、日当たりの悪い薄暗いテーブルへと向かう。わざわざ本が読みにくい、埃っぽいこの席にわざわざ来る物好きはおらず、いつも心置きなく過ごせるのだ。

私も適当に本を一冊持ち、呪文で掃除してから彼の隣の席に座ってその姿を眺める。本なんてものは、実際はただの建前でページを捲ってはいるものの全く読んではいない。

「なんだっけ。セクタムセンプラ?いつ頃完成しそうなの?」

本を読み、羊皮紙に羽ペンを滑らせる。その繰り返しをしている彼を、最早形だけとなっている本片手に見ていると「もうすぐだ」と呟いた。

羊皮紙を少し覗き込んでみれば、複雑な呪文理論がずらりと並んでいる。

いくつかは私が教えたり、一緒に考えたものだがその大半はスネイプの努力によるものだ。今サラサラと書いているものも見た事がない。きっと彼が必死に考えた新しい理論なのだろう。

「ふぅん。じゃあもうすぐ私もお払い箱だね。」

「残念だなぁ」とぼんやり呟くとさらさら動いていた右手がぴたりと止まった。

こうして隣にいる事が許されているのは一重に私に呪文の才能があるから、ただそれだけのシンプルな話である。

先ほど使った「乾き呪文」も私が作ったオリジナルであり、そして彼が興味を持ったきっかけでもある。すっかり呪文作りに行き詰っていた彼の手助けとしてここにいるのだ。

ここでスネイプと新しい呪文を作るために本を読んでは試す。その繰り返しの日々が私のここ最近のライフサイクルだ。けれど呪文が完成したら私の仕事は終わりだろう。

本当はその手伝いを除いても、普通の人ならば落ち着かないここを私は気に入っているのだが。私は私で不器用で素直じゃない奴なのだ。そんな事が言えたならば苦労はしていない。

スネイプは、私の言葉にムッとしたような顔をして羽ペンを置いた。

「何を言っている。まだ呪文は作るに決まってるだろう」
「そうだったの?」
「次の呪文はもう考えた」
「へぇ。どんな?」
「耳防ぎ呪文だ。後は舌を縛る呪文、身体を強制的に浮かせる呪文も作る。他には」
「分かった、分かった。ようはまだ色々作る気だ」

腕を組んで「当然だ」とふんぞり返るスネイプはどこぞの王様かと言うほど偉そうな態度だ。けれどそれが似合う、というより様になっているのだからスネイプの苗字はあながち間違っていないのかもしれない。

「半純血のプリンスって名前はお前が提案したんだ。責任を持って最後まで付き合え」
「!」

私の気持ちを知ってか知らずか、スネイプは平気でそういう事を時々いう。

最後まで付き合え、なんて勘違いしたくなるような言葉をよく言えるものだ。これでは少し、期待してしまう。いや、きっと深い意味はないのだろう。
だけどその意味を探りたくなるような一言が、私の心を揺すぶるのだ。

図書室は相変わらず静かだというのに、妙に心音がうるさくて落ち着かなくなってしまった。柄にもなく顔がわずかに熱いような気もする。

自分の口元を隠す様に本を開いて、憎らしげな目でじっと彼の顔を見る。

彼は視線など気にもせずに、再び羽ペンを持って美しい字を書き連ねている。案外長い睫はスッと下を向き、きっと頭の中は新しい呪文の事でいっぱいになっているのだろう。

全く彼だけ冷静で、私だけ熱くなるというのもおかしな話だ。

本に隠した口から燻る熱を小さく吐き出すと、坦々と並べられた字を目で追った。まずは本を読んで気を落ち着けよう。一旦冷静にならねば。

しかしそう思っても、やはり本を読むほどの集中力もなく。今度は大きなため息をしてみれば、こちらを目だけで見たスネイプがフッと笑った。





「は〜なんで私こんな所でこんな事してるんだろう…」
「なにを今更」
「……」

勢いよく振られる杖に連動するように、ヒュンヒュンと音をたてて物が空を飛んでいく。

ホグワーツを卒業したのは遠い過去の話となった今。
私は冷えた空気で満たされた地下牢教室で学生時代となんら変わらず杖で風を切っていた。

一振り。また一振り。すっかり丸みを帯びた杖を振れば汚れた板や鍋は綺麗になり、呪文を唱えずに物が浮く。そのまま決まった位置へと戻せるのは所詮慣れというやつだ。学生時代には興味もなかった薬草も細かく分類して、薬品棚に収める。

何故私がこんな事をしているのかと言えば、華麗なる杖さばきを見もしない素っ気ないこの男のせいだ。

机の上へと提出された試験管をしげしげと眺める男はさながら育ち過ぎた蝙蝠のように見える。昔よりも随分老けたこの男は今やこのホグワーツの魔法薬学教師なのだから、人生とは不思議なものだ。

そして私がこうしてホグワーツで助教授として働いているのも、こうして彼の隣に未だいる事も実に不思議な話である。

「どこも不思議ではないだろう?」
「ちょっと開心術しないでよ」
「していない。お前は昔から顔に出やすいのだ」

杖を持たない手でパッと顔をさわる。すると「自覚なかったのか」とあきれたようにスネイプが言った。

私はそんなに表情は変わらない方だと思っていたのだが、彼が言うのだからきっとそれは事実なのだろう。
分かりやすい、なんてことは普通ならば「そっか」と一言で済む話なのだが、今回ばかりはそうはいかない。

いくら私が顔に出やすいからと言って、私が彼の事をどう思っているかなんてことは分かるはずがない…と思う。開心術を使っているわけじゃあるまいし。

けれど、少ーしだけ気になる。いや、すごく気になる。もしも今までの事が全てお見通しだと言うのならば、これ以上恥ずかしい事はない。

じわじわ。じわじわと、身体がむずがゆくなるような羞恥心が心の底から湧き出てくる。

私は恐々とその細い背中に話しかけた。

「……もしかしてだけどさ、」
「我輩がお前の気持ちに気が付かないとでも?」
「え”」

カチャリ。

液体の入った試験管を元の場所へ戻し、少し疲れたような目がこちらを向いた。

学生時代となんら変わりのない、黒曜石のように綺麗な黒い瞳だ。歳をいくら重ねようとも、その真っすぐな目の輝きはきっと変わる事はないのだろう。

反射的にその目をじっと見つめ返すと、いつかの日のようにゆるく瞳が弧を描く。

どうにも私はそのささやかな微笑みに弱い。何せ常に眉間に皺を寄せている男なのだ。ささやかな微笑みだけでも、私の思考を止めるのには十分事足りる。

「言っただろう。最後まで付き合え、と」
「…そんな回りくどい言い方ある?」
「言って欲しいのか?」
「まぁ、…いや、いい。やっぱりいい。恥ずかしくて死にそう」

心臓から、手足の指先まで。ぐるぐると回る羞恥心は留まる事を知らないらしい。いつの間にか身体は燃えるように熱くなっていた。バクバクとうるさい心音は、きっと私にしか聞こえていないはずだ。

冷静とは程遠い今、スネイプの口からまた無意識の爆弾が投げ込まれようものなら脳がパンクしてしまいそうだ。「一旦待った」の意味を込めて彼を手で制止して、射貫くような視線からたまらずに目をそらす。

すると、視界の端でかすかに彼が肩を揺れているのが見えた。きっと笑いを喉の奥で押し殺しているのだろう。

それがどうにも揶揄われているように思えて、私は恥ずかしさを誤魔化すようにローブで覆われた脇腹を小突いてやった。

「フッやはりお前は昔から変わらないな」
「そういうスネイプは意地悪になったね」
「これ以上を希望か?」
「…現状維持でお願いします」

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桂彰様リクエストありがとうございました!
学生時代だけの話のつもりがいつのまにか大人まで書いてました。
当然のごとく隣にいる二人が好きです。