利己主義者の狂騒−壱


極寒の冬を超え、北海道にもようやく春がやってきた。
雪の降る回数は格段に減り、積りに積もった雪は解けはじめた。雪解け水は川となって流れていく。雪が解けた大地の下からは小さな緑が芽ぶき、食べ物にも春が来たのだと感じさせてくれる。
だが相変わらず春でも頬を撫でる風は冷たく、外套は手放せない。春でも存在する雪のおかげで白い外套は迷彩効果を持続させていた。


ナマエと尾形は道中で食料になる動物を狩りながら、小樽から四十キロ離れた茨戸へとやってきた。

「そういや尾形、髪伸びたな」
「そうか?」
「おう。情報収集がてら床屋にでも行こう」

そう言いながら歩く宿場町は何故かがらんどうだ。茨戸は大き目の宿場町だと聞いていた。
宿場町というのは交通の要であり、もっとにぎやかなはずであったのだが、見事な肩透かしっぷりである。
外を歩いているのはガラの悪い男達ばかりで、皆すっかり家に引きこもっているようだ。扉の隙間や窓からちらほらと住民らしき視線を感じる。

その町の中でぽつんと立っていた洋風の床屋に入れば、理容師というよりかはやぶ医者のようなマスクをした店主がいた。若干出立が怪しいとは思ったが、切られるのは自分ではないとナマエは早々に適当な椅子に座った。
勝手に置いてある鏡を拝借し、久しぶりに自分を見ると髪がかなり伸びていたが、さほど気にはならない。そうなれば理容室でやる事もないので、ぼーっと尾形の散髪を見ている事にした。

店主はよっぽどおしゃべり好きなのか、尾形の髪を整えながらこの町のありとあらゆる情報をしゃべりにしゃべっている。

茨戸を取り巻く噂の元凶はどうやらこの店主のようだ。

「署長は馬吉にこの宿場町の賭場の縄張りを奪い取らせて、賄賂を頂こうって話かい?」
「それがな、狙いはそれだけじゃなさそうなんだ。署長は日泥一味が持ってる何かが欲しいんだとか…」
「(刺青人皮の事か)」

話を簡単にまとめると、この茨戸にはそれぞれ賭場をおさめる日泥一味と馬吉がいて、今では警察署長までが肩入れをしてきて殺し合いになっているという事だ。馬吉はちゃっかり署長に賄賂を渡して味方につけていているとか。

これはじっくり話を聞く必要がある。

ナマエが店主を探るように見ると、ふいに理容室のドアが開かれた。
先頭を切って入ってきた男は軍帽をかぶった軍人をしたがえて妙に偉そうだ。突然現れた男にペコペコする店長はたしかにその男を「署長さん」と言った。

「(こいつが汚職まみれの署長…)」

いかにも権力を笠にきたような男だ。
なるべく目をつけられないように軍帽を深くかぶると、署長の興味は尾形にいったようだ。顎をあげて見下ろす態度はふてぶてしい事この上ない。

「俺の宿場町に来たばっかりなら悪い事は言わん。馬吉の所へいけ。日泥の用心棒に混ざっているのを見つけたらタダじゃおかんぞ」

やたらと高圧的な所長に、尾形は見たことのないくらい満面の笑みを浮かべている。

「(うーん…不気味だ)」

あんな穏やかな笑顔の尾形など不気味そのものでしかない。何かする気でいるのだろうと動向を見張っていると、やはりその笑顔は一瞬で消え去った。
いつの間にか店長の腰に下げた道具入れから抜き取っていたのか、鋭利な鋏を署長の顎に突き立てて切ったのだ。突然の惨劇に部下達も唖然としている。

「ケツアゴ署長に聞きたい事がある」
「…ふっケツアゴ署長…ふふ」

その絶妙なネームセンスが面白くて笑いをこぼすナマエが部屋の隅っこにいた事に、ようやく気が付いた署長の部下達がぎょっと目を見開いた。

面白すぎて出てきたわずかばかりの涙をぬぐうと、署長を捕まえて手が離せない尾形の代わりに着ていた散髪用ケープを取り去った。おおよそ散髪はもうすんでいるし、何より店主が怖がって散髪どころではないだろう。髪を切ったせいか署長をケツアゴにしたせいか、尾形は妙にスッキリとした表情だ。

「ナマエお前も笑ってないで手伝え」
「手伝えも何もケツアゴ署長がこっちにいるからこいつらは手出しはできないだろ」
「…それもそうか。おい、表に出るぞ。立て」
「ヒィッ」

整えられていた署長の髪を鷲掴みにした尾形が先に理容室を出ると、ナマエもすべての荷物を持って外に出た。

理容室の前には騒ぎを聞きつけてか町を歩いていたチンピラが群れをなして集まっていた。さらに人混みから少し離れた所に二人の老人とうろたえる若者がいる。老人二人はただそこに立っているだけだというのにとてつもない迫力があった。

「(こいつらはやばそうだ)」

特に白髪の老人は、一瞬視線があっただけだというのにその鋭い眼光少しひるんでしまった。その眼は戦場で時々出会う、歴戦の猛者にしかない物だ。

「ナマエこいつを捕まえとけ」
「…あぁ、はいはい」

尾形に呼ばれ視線を戻すと、あまり清潔には見えなくて触りたくもない頭がこちらに差し出されている。仕方なく署長の拘束を代わりにすると、尾形は何を考えているのか片手に持っていた銃を構えた。老人二人の後ろにそびえたつ火の見やぐらに備え付けられている鐘へと瞬時に狙いを定めてから、連続で二回引き金を引く。すると二発とも見事に的中したらしい。カァァン、カァァンと甲高い金の音が鳴り響く。

「お見事」
「お前も撃つか?」
「実包が勿体ないだろう」

持ち金がない事はないのだが、こんな所で貴重な実包を使う訳にはいかない。

ふるふると首を振っていると、尾形の腕を目の当たりにした署長と馬吉は顔面蒼白だった。恐れをなしたのか馬吉は一気に腰を低くしてヘコヘコと頭を下げている。しまいには「先生」なんて言い出すのだから調子がいい奴だ。
だがこの二人を利用しない手はない。

「そのケツアゴぐるっとケツまで切り裂いて全身ケツにしてやろうか?」
「意味がわかりません!」
「全身ケツとか面白すぎるだろ…ふふっ…」
「刺青について知ってる事全部話せケツ署長」
「アゴはどこいったんだよ」
「こんな奴はケツで十分だ」

銃を持ったまま尾形がつつけば、笑うナマエをよそにペラペラとこれから行おうとしている作戦や刺青人皮の事を喋り出した。作戦としては日泥の妾を浚って取引をする予定らしい。普段ならば賛同したくない作戦だが、刺青人皮の方が優先事項だ。

馬吉に案内させ、さっそく妾の家に行ってみると、妾の護衛であろう男達の死体の第一発見者となってしまったのだった。

「こいつら日泥の手下か?」
「一体だれが…仲間割れか?」
「いや違う。俺達以外の誰かが先に妾をさらいやがったんだ。こうしちゃおれん。俺達の仕業だと勘違いして日泥が攻めてくるかも」

死体を前に焦る馬吉と署長をよそに、ナマエはある拾い物を物珍しげに手のひらに転がした。床に転がりきらりと光っていたそれは、ナマエが持つ銃がピースメーカー製かウィンチェスター銃で使える.44-40ウィンチェスター弾だ。

何故妾の家にこんなものが転がっているのか。

「尾形、これ見て見ろ」
「…ウィンチェスター弾。たしかあのジジイが持ってたな」
「あのじいさんか…。敵は手強そうだな」