利己主義者の狂騒−弐


「…尾形!!これは早めに番屋に行った方がよさそうだぞ!!」
「どういう事だ?」

火の見やぐらの上で次々と敵を打ち抜く尾形を横目に、ナマエはやぐらの隣にある家屋の屋根から双眼鏡をのぞいていた。

抗争のど真ん中である理容室の前には刺青人皮が入っているという話の桐箱が落ちている。それにも関わらずがめついと噂の女将が、絶好のチャンスだというのに取りに行こうとしないのだ。もちろん射撃する恐れがあるというのも理由のひとつだが、それにしても焦りひとつ見せないのはどう考えてもおかしい。

火の見やぐらの上にいる尾形に聞こえるように大声で叫ぶと、双眼鏡を素早く外套の中に仕舞い込んだ。

「あの箱は偽物だな。本物は番屋にある可能性が高いと見た」
「…それならさっさと退散するか」
「了解」

あれが刺青人皮でないならここで戦う大義名分はなくなった。

双眼鏡を外した事でようやく視界が広くなると、背中に背負っていた兵銃を自身の前に持ってくる。ここからは観測は終わりだ。適度に戦いながら退かねばならない。
ガシャンッと音を立てながら弾の装填を終え、いざ遠くに離れた敵を狙おうと構えると唐突に火の見やぐらの鐘が甲高くなった。もちろんナマエや尾形が鳴らしたものではない。

「クソ…いつの間にかこんなに接近されていたか」
「俺が気を引いとく!一旦降りろ!」
「あぁ」

誰か有能な指揮官がいるのだろう。射撃されないようにと通りに面した家を通ってきたチンピラが思いのほか至近距離で射撃をしてきた。尾形が鐘や柱に隠れながら反撃をしても、人数が人数だけに圧倒的に放てる球数が違う。
数うちゃあたるというもので、こちらにも流れてきた弾一発頬をかすめたがそれでも尾形が降りている間は相手をしなければなるまい。

狙撃のために下へ銃口を向けると、下から流れてきた弾の一発が尾形の肩口に当たった。

「!!」
「尾形っ!!」

梯子をつかんでいた尾形はバランスを崩し、慌てて伸ばされたナマエの手は届かなかった。

どさりと音を立てながら地面に落ちたその姿に少なからず日泥の手下や馬吉は動揺した。その一瞬生まれた静寂の中、ナマエは素早く屋根の上から飛び降りた。落ちるのを覚悟しているのとしてないのでは落下体勢にも差が出るもので、地面につく直前ぐるりと背中を丸めて受け身を取った。だが受け身を取れたとはいえ屋根はそれなりに高さがあり、身体に走る衝撃はそれなりのものだった。

「やったぞ!やぐらの男を倒したっ!!」

「尾形、大丈夫か!?」

自分の事より尾形である。
のそりと起き上がる尾形の身体を引っ張って起き上がらせると、抗争している奴らを置いてすたこら歩き始めた。けろりとしたその姿は、さっき撃たれたとは到底思えない。

「肩撃たれただけだ。それよりすぐ番屋に行くぞ。あのじじいどもに先を越される前にな」
「分かった」

ワーワーとまるで既に勝利を確信したような男たちの歓声が響く通りから逸れるように一本横道に入り、尾形の後を追っていけば大きなニシン番屋が見えた。あれほど目立てば茨戸のどこにいたってたどり着く事ができるだろう。案の定地理に詳しくない二人でも番屋までは迷う事なくまっすぐたどり着く事ができた。

「誰もいないな」
「全員駆り出されてるんだろうよ。好都合だ」

番屋の周囲を警戒して見ても人っ子一人警護がいないこの状況は不法侵入にはもってこいだ。念のためにとなるべく布すれの音もたてないように気を使いながら家屋に忍び込む。

さすがにニシン御殿と呼ばれるだけあって立派な屋敷だ。だが広いとなると刺青人皮が隠されている隠し部屋を探すのは手間も時間もかかるだろう。

「これはあぶり出した方が早そうだな」
「あぶり出す?人質を取られても渡さなかった奴だぞ」

人の情など持ち合わせていないのだろうあの女将の事だ。たとえ息子を人質にしたって刺青人皮を差し出すとも思えない。

尾形は何を考えているのやら囲炉裏の近くの棚をごそごそと漁ると、小さな箱を探し出してきた。それは最近普及してきたマッチの入った箱で、一本取り出しては箱の側面を擦った。摩擦で起きた熱はマッチの先に火を灯す。
そしてその火種を迷う事なく隣に立つ物置の傍に放り投げた。火は少しずつ、だが確実に木製の壁伝いにまわり、やがてもくもくと赤黒い煙が立ち上る。天高くのぼる煙はまるで狼煙のようだ。

「だからこそだ。ここが燃えれば慌てて取りに戻るだろうよ」
「…お前中々容赦ないな」
「褒め言葉どうも」

この家屋に刺青人皮が隠されているのなら女将が飛んでくるのも時間の問題だ。

二人はひとまずまだ燃えていない家屋の二階に身をひそめる事にした。窓から煙のあがる物置の様子を見て時間をつぶしていると、どたばたと落ち着きのない足音が聞こえてきた。

「…来たな」

姿を現したのはやはり日泥親子だ。
何やら話をした後、息子は家財を外へとせっせと運んでいるが、母親の姿が見えない。まさか母親がおらずに息子がこんな事をするとも思えない。
ほんのり香ってきた煙に口を覆いながら黙って様子を見ていると、母親が押入れの中から刺青人皮が入っているらしい箱を持って出てきた。

それでも尾形が動かない所を見ると、まだじっとしていた方がいいのだろう。息をひそめて機会を待つ。あの女将が夫に殺されようとも、ただただ手出しをせずにそれを傍観していた。

(なんて醜い争いだろうか)

今まで家族だったものが崩壊していく。ナマエはその惨劇から目を離す事も表情を変える事もしなかった。

「いまに見てろッ俺はどこかよそへいって自分の力で一から成り上がってやる!!カネに困ったら俺んとこに来いッ!モッコ背負いをやらせてやるぜ!!」

そして日泥の息子がそんな捨て台詞を吐くと同時に、隣にいた尾形が銃口の照準をあわせた。一瞬で引かれた引き金に応じて、銃口から勢いよく実包をはじき出す。

「親殺しってのは巣立ちのための通過儀礼だぜ。テメェみたいな意気地の無い奴が一番むかつくんだ」

結局、日泥を殺したのは尾形の銃だった。それに心底おびえる息子の顔はたしかに尾形の言う通り意気地なしのそれだ。人を殺す事も、ましてや親を殺すなどできっこなかったのだ。

尾形が銃を構えたまま器用に階段を下りると、ナマエも続いて一階に降り立った。そこにはもうナマエと尾形と日泥の息子、そして夫婦の死体だけがある。

「お、お前ら馬吉の用心棒!?なんでこんな所に、…あの火事はあんたらのせいか!」
「まぁな」

まるで雑談をするように平然と答えるナマエに、日泥の息子はただでさえ青白かった顔が更に悪くなる。まるで脅しているようだとナマエは苦笑いしたが、実際尾形がその背後で銃をかまえていた。

そうとも知らずナマエはいまだにドクドクと血を流す女将の手から桐箱を抜き取った。桐箱は見事に血を吸って赤く染まっているが、箱をあけてみれば中身は無事のようだ。

「これが刺青人皮…」

それは一見ただの皮であったが、人を剥いだ人皮だと認識してしまえば背筋がゾッとする。人の皮を剥ぐなどという所業は、人の命を奪ったことのあるナマエでも、恐ろしく感じられた。

手の中の人皮には、変わった文様が刻まれている。

「尾形、これでいいのか」
「あぁ。間違いない。それが見つかればここは用済みだな」
「ヒィッ」

箱に入った刺青人皮を確認すると、尾形はガシャンと音を立てて弾丸を装填した。もちろん銃口の先には顔を青くした男がいる。

「これで終わりだな」