猫と猫


「にゃーん」
「にゃーん?お前はどこから来たんだにゃー」
「にゃむ」
「にゃむ?」
「なぁーん」
「分からないにゃー」

ぽかぽかと暖かな日差しが降り注ぐ兵舎の裏。
日当たりがいい割に人が来ないここは絶好の日向ぼっこ場所である。ほどよい柔らかな風に揺らされて傍に生える大木が葉をゆらして心地いい音を奏でている。

そんな絶好の日向ぼっこ場所なだけあって、人間以外にも客がやってくる。大体は鳥であるが、時折こうして猫がやってくるのだ。
今足元でゴロゴロ喉を鳴らしながら腹を見せている猫も二度目増しての成猫だ。あまりにも気持ちよさそうにするものだから、ナマエも隣に座って顎を撫でてやる。何故か猫と対話をすると猫語になってしまうから、あまり人には会いたくないのだが。

「くっ」
「はっ?!」
「しまった」

どこからともなく笑い声が聞こえ、ナマエの手はピタリと止まる。目の前の癒しも大事だが、こんな所を見られるのは沽券にかかわる。
だが焦りからキョロキョロあたりを見渡しても、その姿は見えない。

「こっちだ、こっち」

声に導かれるように視線を少しあげると、すぐ傍の窓からこっちを見ている尾形がいた。よりによって尾形とは、中々運がない。彼はこういった事は後々からう材料として使ってくるのだ。間違いなく良いネタが見つかったと思っている事だろう。

「続けてくれ」
「おま、見てたなら声くらいかけろよ…!」
「可愛い対話をしていたから邪魔をしてはいけないと思ってな」

ニヤニヤと愉快そうな笑いに、こちらは羞恥心から体温があがるばかりだ。顔が熱い。
窓を開けて身軽に飛び出てきた尾形に、猫は驚いて飛びのいたが、またすぐに戻ってきてごろりと寝転んだ。人間好きなのか、図太いだけなのか不思議な猫だ。バクバクとうるさい心臓を落ち着けるように、ふわふわとした毛並を撫でると丁度毛の生え代わりの時期なのだろう。綿毛のように風に流れていく。

「猫が好きなのか?」
「…まぁな。この愛らしさには参ってしまうよ」

撫でればご機嫌なようでニャーンと高い声をあげる猫にナマエはニヤニヤが止まらない。

そういえば、と尾形のせいですっかり忘れていた物を思い出すとおもむろにポケットに手を突っ込んだ。猫用にいらなくなった紐をポケットの奥に潜ませておいたのだ。そこらへんに落ちていた枝先にくくりつければ、簡易猫じゃらしの完成だ。それを暇そうにしていた尾形に渡す。最初は何か分からずに、尾形自身がその紐をぼーっと見つめていたが「猫じゃらし」と言えば意図を汲み取った。ナマエの腰を据え、寝転ぶ猫の前で紐を垂らしていたが、中々猫が釣れない事に飽きたらしい。おもちゃはすぐにナマエの手元に帰ってきた。

「尾形は遊ぶのが下手なんだよ。ほら、こうやって緩急をつけるといい」

ひょい、ひょーいと動かしては止め、また動かしては止め、動きに変化をつけるとつまんなさそうにしていた猫の目がクワッと見開く。獲物を狙うその目は、しばらくは紐の動きを追い、動きを読んだように遅くなった瞬間を素早く手で押さえつけた。捕まえると腹を見せて紐にじゃれつく。それがまた可愛くて何回も同じように遊んでしまうのだ。

「……」

するとふと尾形が無言なのに気が付いた。ちらりと表情を伺えば、その目は猫をじっと捉えているがどこかムスッとしている。もしかして猫と遊べないのが悔しいのだろうか。

(それならば尾形も可愛い所があるな)

件の猫は止まった紐にがじがじとかみついては弾いて、一人遊びを楽しんでいるようだ。

「尾形、もう一回やるか?」
「いや、猫はもう良い。俺はお前で遊ぶ事にした」
「はぁ?」

おもちゃを右へ左へと動かしていると、その言葉を軽く聞き流していたナマエは理解が少し遅れた。その少しの間を肯定と取ったのか、隣に座る尾形がフッと耳に息を吹きかけてきたのだ。突然の耳への攻撃に背筋にソワッと何かが走る。

「何すんだよっ」
「お前が猫にばっかりかまってるからだ」

愛らしい猫の声とは真逆の低い声がそのまま耳元で囁かれる。それがひどく扇情的に思えて、耳にふっと息を吹かれるよりもゾクゾクしてしまった。人の声とはこんなに脳を揺らすものだろうか。
それでもこのいたずらに反応してしまってはなんだか悔しい。変な所で対抗心のあるナマエはその悪戯に耐えて猫と遊び続ける。けれどその動きはあきらかに最初に比べて鈍く、おもちゃの紐は猫に捕まる事が多くなってきた。

「ニャーン」
「あっ…行っちゃったか」
「フン。俺の勝ちだな」
「何に対抗意識燃やしてるんだよ」

しばらく遊んでいるとつまらなくなったのか、身軽な身体を生かして茂みの中に飛んで行ってしまった。がっかりしたが、猫にも猫なりに今後の予定でもあるのだろう。
追う事はせずに、枝に結んだ紐をほどいてポケットにしまった。また猫が来た時に猫じゃらしを作ってやろう。

「で、俺と遊ぼうって?でかい猫だな」

だが今はいなくなった猫よりも目の前にいる猫が問題だ。正しくは猫ではないのだが、飽きっぽさや気まぐれ具合は猫そっくりだ。頬杖をついて様子を伺う。
大きな猫のようの猫じゃらしなど持ってはいないのだが、何をしたいのやら。

「あぁ、そうだな。手はじめに町に行くってのはどうだ?」
「…乗った。ただし町に行くならみつ豆が食べたい」
「ナマエはそれ好きだな」
「別にいいだろ。行くならほら、早く行こう。みつ豆が待ってる」
「やれやれ」

誘ってきたのはそっちだろう、という意味を込めて睨みながら立ち上がる。尻についた土埃をパンパン叩き落して、大きな猫へと背を向ける。すると仕方がないと言ったように髪を撫でつけながら、否定せずに後を付いてくるのだから、結局尾形は良い奴だ。

そんなこんなで久しぶりに繰り出した町で、尾形の口にみつ豆の乗った匙を突っ込んだのは数時間後の話である。