革命前夜のイントロ
ミョウジナマエはそれはもう美しい顔の持ち主だった。
男とも女とも取れる顔立ちは純日本人にも関わらず彫が深く、目鼻立ちははっきりとしている。ゆるりと弧を描く唇に、目を縁取るまつ毛は女性よりも長い。道を歩けば百人中百人が振り返り、その美しさは噂になって流れるほどだった。
「なぁ尾形。この俺が何かしたか?あ?なんで俺が怒られなきゃいけないんだよ」
「そりゃ相手を病院送りにしてちゃ世話ないだろ」
「ふん。大人しくヤられてたまるか」
顔が綺麗なやつが怒ると迫力はニ倍だと言うが、ナマエの場合は怒っていても怖さより美しさが勝つのだからあの言葉は嘘っぱちだと尾形は鼻で笑った。
二人は射撃場でそれぞれ訓練のために愛用の兵銃の手入れをしていた。訓練とは言え武器の手入れは丁寧に行わなければ暴発する可能性も否めない。テンポよく交わされる言葉とは裏腹にお互い武器を持つ手元を見ながら、ひとつひとつ丁寧に掃除をしていく。
掃除をする手はとても穏やかだが、ナマエの顔は相変わらず怒りで歪められていた。先日病院送りにしたあの先輩将校の事を思い出していたのだ。
人気のない廊下を歩いていた所を突如部屋に引き込まれ、服を脱がされそうになった時。肌は粟立ち頭にはカッと血が上った。気が付いたら目の前にいたあの男を殴っていて、その拳を止めたのはこの尾形だった事は記憶に新しい。
鶴見による計らいでどうにか軽い処分で済んでいるが、ナマエが入隊してからずっとこの繰り返しだ。それがまた気に入られているなどと余計な噂を呼び、第七師団でのナマエはいつも悪い噂がまとわりついていた。
「チッ」
気分が悪くなって舌打ちをすると、隣にいた尾形はちらりとその怒る横顔を見た。下を向いているせいか、するりと落ちてきた軍人にしては長い髪を耳にかける仕草すら絵になってしまう。
確かに男だらけの軍の中で、男とも女とも取れるようなナマエがこうした男心にグッとくるような仕草を見れば病院送りにされた輩の気が分からないわけでもなかったが、尾形はわざわざ地雷を踏みに行くような真似はしなかった。わざわざ手を出さなくとも、こうして隣にいる権利は得られるのだ。
「いい加減除隊されるかもな」
「お前がいなくなったら張り合いがある奴がいなくなる」
「それ一応褒めてるんだよな」
手をとめる事はなくナマエは鈍く光るボルトを綺麗な布で磨いていく。磨けば薄らと光を反射させ掃除する前よりかは幾分かマシになる。反射したその黒は、一瞬鏡のように持つ者の表情を映し出した。顔の上で見事なバランスを取っているパーツが少し嬉しそうに弧を描いている。
狙撃手としての実力を十二分に認めている尾形に褒められた事は素直に嬉しかったが、いつも天邪鬼な言葉ばかりを喋るこの口だ。素直に嬉しいなどとは言えず、ごまかす様に弾倉に弾をこめれば、訓練の準備は完了した。
まだ銃の手入れをしている尾形を置いて、ナマエは射撃場所に立ち、まっすぐに銃をかまえた。銃身の先には人の形をした的がいくつも並んでいる。訓練とは
言え気を抜くわけにはいかない。気を引き締めて細い指で引き金を引いた。
強烈な破裂音の後、消炎のにおいと共に衝撃が体を襲ったが、おかまいなしに手早く弾を補填し、引き金を引く。
尾形は手を止めて、ただただその後ろ姿を眺めていた。引き金を引くその真剣な瞳は、訓練場でしか見る暇がないのだ。
「尾形、打たないのか?」
「…あぁ、今行く」
突然くるりと後ろを向いた彼に、尾形は返事をしながらゆっくりと立ち上がった。
銃には既に弾も装填済みで、準備などとうにできていたのだがすっかりその姿に見惚れて忘れていた。
隣に立ち銃をかまえると、いくつも並んだ人型の的を捉えた。そして引き金にかけた指を強く引けば、同時に強い衝動が訪れる。だが視線や体はブレる事なくまっすぐ前を見据えていて、視線の先にある的は寸分の狂いもなく心臓を射貫いていた。
視線を少しずらすとナマエが撃っていた的にも同様に心臓に穴が空いている。
「相変わらず口は悪いが腕はいいな」
「口は悪いは余計だろ」
「顔もいいが腕もいい、か?」
「撃ち殺す」
ほんのりと怒りを含んだ声に、尾形は笑って再度銃を構えた。撃ち殺すだなんだと言っておいて結局この男は病院送りにはすれど殺すなんて事はないのだ。
フッと鼻で笑って再度的に視線を戻す。ナマエ同様に尾形も何発も的に打ち込めば頭と心臓だけを的確に吹き飛ばしていった。
第七師団の中でもナマエと尾形の二人の射撃の腕前は一級品だった。同じだけの距離の的を確実に仕留める。
だからこそこうして切磋琢磨しながら傍にいるのだが。いつもすごいと言葉にして褒められるのは尾形だった。誉められたくてやっているわけではないが、時には正当な評価をしてもらいたいものだと的を撃ちながらナマエは一人不満に思っていた。
「ふぅ、もうこのくらいでいいかな」
何発も撃っていれば手持ちの銃弾も底を尽きる。補充すればいくらでも練習などできるが、ナマエと尾形は何発撃った所で頭と心臓以外には当たらない。
手持ちの弾が切れたら早々に射撃場を後にするのが常であった。
「腹減った。ナマエ、飯にしよう」
「おう」
布にくるんだ銃を持った二人は特別急ぐわけでもなく、のろのろした足取りで食堂のある兵舎へと向かった。
射撃場と兵舎はさほど離れておらず、徒歩でもあっという間の距離だ。兵舎に入り、廊下を歩けば足音と共に、ギィ…と古めかしい音が床から響いた。昔は商店だったというこの兵舎では床が鳴る事など当たり前の事だ。気にせず歩を進めれば、食堂に近づくにつれ食事をとるために集まっている人が増える。そして視線と声が増えるのも当然の事である。
「…また尾形といるぞ…」
「尾形とミョウジは…、…?」
「病院に送られた奴…った?」
「鶴見中尉とは…」
その大半がナマエに対するもので、尾形はひそひそと喋る男たちに視線を向けた。小声で話しているだけあって後ろめたいと思っているのだろう、視線に気づいた男たちはすぐに口を噤んだ。
わざわと聞かせようとしているのか、それとも聞こえてないと思っているのか。耳が特別いいわけでもないのに聞こえる数々の言葉と視線にナマエは気づいても反応する事なく適当に空いている席についた。尾形も向い合せに座ると、ふと目があったナマエの顔は相変わらず美しかったが目が笑っていない。
「おい」
「なんだ、尾形」
「顔、すごい事になってるぞ」
「顔?何、汚れてんの?」
「違う。そうじゃない。ここ、力入りすぎだ」
尾形はナマエの皺が寄った眉間を人差し指の腹で優しくトンッと推すと、無意識の内に力が入っていたのだろう、ふっと表情筋が緩んだ。押された眉間はほのかに暖かい。驚いて額を抑え、目の前に座る彼を見ると、尾形にしては珍しい悪戯っぽい笑みだった。
「俺はお前と噂になれて光栄だぜ」
「ふん。願い下げだ」
そして二人でわずかに口角をあげると、顔には似合わない言葉を吐き捨てた。
ミョウジナマエはそれはもう美しい顔の持ち主だった。
だが、見た目とは裏腹に中々癖のある男であった。
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夢というか最早腐れ縁みたいな感じになってしまいました。