間違いだらけの夜の話
何事にも限りというものがある。
食料しかり燃料しかり、武器しかり。食料は森の中で十分事足りるのだが、いかんせん実包は買わねば手に入らない。
ナマエと尾形は適当に残った実包と剣で金になりそうな動物を捕まえ、解体したものを街で売って金に換えていた。猟師もどきをして得た金で武器屋に行けば、店主はやけにデレデレしながら格安で実包を売り、オマケに双眼鏡や油缶まで付けていた。ナマエがニコリと笑って見せれば大よその人間がこうなるのだから、買い物はこいつに任せるに限ると尾形は遠目からその様子を伺っていた。
「尾形。怪我はどうだって?」
「あぁ、もうほぼ治った。安心しろ。」
「なら良い。それより新しい情報だ。茨戸という町がきな臭い」
「ほぉ茨戸ね…」
店の前で合流した尾形は、谷垣に打たれた傷はすっかり治り、所詮どや顔というものでナマエの持つ大量の実包を受け取った。ぽつぽつと歩く人混みに紛れて二人が向かうのは今朝までいた森だ。
森に近づけば近づくほど人はいなくなり、けもの道には二人分の足跡が並んでいる。立ち並ぶ木々にはちょうど視線の高さにわずかに刀傷がついており、それを目印に森の中へ進めば二人の住処と化している洞窟へたどり着いた。空を見ればまだ明るいが、数時間もすればすぐに暗くなる太陽の位置だ。
「明日は日の出と共に出発だな」
「じゃあ早めに飯食ってさっさと寝るか。今日の晩飯はとれたてウサギの肉だぞ」
朝一の出発が決まったならばとナマエはさっそく今朝とっておいた兎をさばいて適当な枝に刺して塩焼きにしてみせた。それを男二人で食べれば兎一羽の肉などすぐにぺろりと平らげてしまう。ささいな事ではあったが、二人でたき火をかこんで取る食事は尾形にとっては唯一ホッとできる時間だった。
燃えさかる木々を適当な枝でつつき、ぱちぱちとはじける火の中からあたためられた石を取り出した。布でくるめば冷えた指先には熱すぎるが、その暖かさがじわじじわりと身体に染み渡る。それはさながらホッカイロのような役割を持っていた。
「ほらよ。今日はこれがあるから寝る時寒くはねぇだろ」
「お、気が利くな」
一等寒がりなナマエにそれを渡せば、さっき店主に見せた笑顔よりも自然な微笑みを浮かべた。
第七師団という軍から解放されたナマエは、尾形の目から見てもかなり表情が豊かになった。何か嬉しい事があれば顔には出さないように気を付けてはいるようだがゆるりと美しい顔で笑い、ずいぶんと楽しそうだ。
「楽しそうだな」
「おう。こんな森の中で生活するのなんてワクワクするだろ」
「ワクワクすんのはいいが、石が冷める前に寝ろ」
食べ終われば後は燃え盛る炎を代わる代わる番をしながら眠るだけだ。ナマエは自分の外套で温石ごと自身をくるりと包み込んで横になった。火は暖かく、見ていればゆらゆら揺れるそれは自然と眠気を誘う物だった。眠い。しかし、やはり寒いものは寒い。頭が眠いと訴えていても身体がそれを許さない。
火を見ながら寒さに耐えていると、尾形がナマエの隣にそっと腰を下ろした。
「まだ寒いか」
「…まぁな。こればかりはしょうがない」
「ふむ。なら温めてやろう」
そんな事を言いながら尾形もナマエの横で寝転ぶと、白い外套でナマエごとぐるりとくるまった。防寒も兼ねているだけあって一枚上に重なるだけでかなり暖かかったが、いかんせん外套は一人用である。尾形がぐっとナマエの身体を抱きしめてようやく男二人でもどうにか収まる事は出来た。
「…近い」
背中に回った腕は思いのほか強く、身体はかなり密着していた。人の体温というのは服越しでも思ったより伝わるようで、ぎゅぅと回された腕と熱い胸板は温石よりは冷たいが、じんわりとした温かさは安心感を与えてくれるものだった。
しかし、とにかく距離が近かった。後もう少し近づけば顔と顔がくっつきそうだ。
「文句言うなよ。暖かいだろ?」
「そうだけど」
たしかに尾形の言う通りではあるのだが、お互いの心臓の音が聞こえそうなくらい近いのだ。バクバクとうるさく鳴る鼓動が聞こえてしまいそうで、更にそれが心臓を更に早く脈打たせる。
どうそれを伝えようものかと口をごもらせると、尾形は鼻で笑う。
「それより何か?身体を動かして熱くするか?」
「!?」
「俺はそれでもかまわないが」
この時ばかりは尾形が何を考えているかなんて、考えずともあきらかだった。
自分よりもゴツゴツした指先が頬に触れると、想像以上の冷たさに思わず身体がぴくりと反応した。同時にじわじわと身体の奥から熱い何かがこみあげてくる。ごくりと鳴った喉に、尾形は気づいたのだろう。冷たい指先で頬から首へとなぞり、楽しそうに喉元へと唇をはわせた。
「お、がたっ」
絞り出した声は自分でも思ったより上ずっていた。必死に呼んだ名前に、尾形はちらりと視線を寄越したがただ楽しそうに孤を描くばかりで、首にあたるそれは熱いままだ。くすぐったくて身体をよじらせると、首元に一瞬チクリと痛みが走った。その痛みがどんなものかすぐに理解したナマエの顔は自分の想像以上に赤くなっている。
そして唇が離れると、尾形はそこを見てクックッと喉を鳴らして満足げに笑った。
先ほどまで触れていた熱はそこにはもうなく、冷たい空気が触れているはずなのに未だに熱を持ったように熱くてたまらない。ぎゅっと掴まれたような胸が呼吸を徐々に荒くさせる。
「(いい眺めだな)」
尾形は目の前に広がる景色に口角をあげた。
今は尾形だけが知る赤がナマエの白い肌の上に散っている。いつもは鋭く睨む瞳も、今は誘うような色を放っていて、わずかに開いた口から吐き出された白い息さえも興奮を煽るには十分だった。
だが尾形はぐっと自制心を働かせてナマエを両腕で抱きしめるにとどめた。
「今日はこの辺でやめてやる。身体、熱くなっただろ?」
「は」
知らずにこぼれた声に、尾形はまた愉快そうに「続きがしたいのか?」なんて冗談めいたように言うものだからナマエは抱きしめる腕の中でぐるりと身体を反転させて尾形に背を向けた。
たしかに身体は熱く、寒さなど気にならなくなってはいたのだが、この胸の煩さと燃え上がりすぎた炎はしばらくは消えそうにない。
「寝る!」
「フッおやすみナマエ」
とは言ったものの。
目を閉じてもしばらく眠れるはずもなく。ナマエが眠る頃にはめらめらと燃えていた炎はかなり小さくなり、空はもうすっかり暗くなっていた。
彼が眠ったのを確認した尾形は、起き上がって自分の外套でナマエをくるむと、穏やかな笑みを浮かべて一人燃え盛るたき火に新しい薪をくべた。