左遷される


「よっ手伝いに来てやったぞ」
「嫌味言いに来たなら帰れよ」
「おいおいいつになく辛辣だな」

まるで外国の映画のように壁に寄りかかって厭味ったらしく言い放つ同僚に苗字はイライラを抑えようともせずに目いっぱい睨みつけた。

普段はほわんとした、どことなく優しい雰囲気の彼であったが、何事もタイミングというものがある。今の彼はとにかく機嫌が悪かった。眉間に皺を寄せて目つきは鋭く、雰囲気は刺々しい。

「その段ボール持ってく奴だろ。一個貸せ」
「お前が優しいと気色悪い」
「ひっでぇ」

何台ものモニターが並ぶデスクの前でファイルや雑貨をひたすら段ボールに詰めていた苗字は身体の中でたぎる怒りを男にぶつけた。あきらかに八つ当たりであったのだが、男は特に気にする様子もなく荷造りが完了した段ボールを持ち上げる。

そして全ての荷物を片づけ終わった苗字も段ボールを持つと、「サイバー犯罪対策課」と書かれたその部屋には何も言葉をかけずにスタスタと早歩きで出ていった。

普通ならば「ありがとうございました」だのなんだの一言言う所なのかもしれないが、いかんせん今の自分はイライラして落ち着かない。まさか暴言など吐くわけにもいかず、コントロールのできない怒りを溜め込んだまま階段を下りる。

「ご立腹だな名前さんよ」
「当たり前だろ。くそ、誰が好き好んで左遷なんかされるかっつーの」
「ま、それもそうだけどよ」

隣を歩く男は他人事だからだろう。妙に陽気だ。その調子がなおの事イライラを加速させるのだが、この男はこういう人間なのだ。今更何を言った所で変わるまい。一言チクリと嫌味のひとつやふたつでも言ってやりたい所だったが、その言葉を飲み込んで代わりにため息を吐いた。そうして二人が黙々と歩みを進めていけば、おのずと目的地にはたどり着く。

同じ警察庁内だというのに他の階とは違って妙に静かで人気がない。おそらくこの階に用事がある人はあまりいないのだろう。それは警察庁内にいる人間ならば誰だって理由を知っている。

「失礼します。本日よりお世話になります。苗字名前であります」
「やぁ情報管理課へようこそ。話は聞いてるよ」

人気のないフロアの一角に部署をかまえる情報管理課へ顔を出すと、少し顔色の悪い中年の男が迎え入れた。

「席は適当に空いてる所に座ってくれればいいから」
「はい」

適当に空いている所、とぐるりと見渡すとほとんど使われているのか使われていないのか分からない。どこもデスクの上は綺麗だ。綺麗というのは片づけられて綺麗という意味ではなく、使われた痕跡がないのだ。机の持ち腐れである。

苗字は部署に併設している隣の資料室に一番近い席に段ボールを置いた。パッと見一番パソコンが新しいのだ。元サイバー課としてはパソコンのスペックは仕事の良し悪し以前にモチベーションダウンに繋がりかねない。何かを起動する度にフリーズなんてしたら怒り狂いそうだ。

「ここに段ボール置いてくれ。悪かったな八つ当たりして」
「いいって。でも後で飯付き合えよな。それじゃ俺はもう行くぞ」
「あぁ」
「腐るなよ、名前」

男は段ボールを置くと、おちゃらけた様子で敬礼をするとすぐ後ろを向いて姿を消した。それはその男なりの励ましの言葉と受け取って、その姿を見送った。


そして一人そこに残された苗字はとりあえず席に座って部署内を観察してみた。

どうやら噂にたがわぬ窓際部署のようだ。
先ほど歓迎してくれた男は課長なのだろう、一番大きなデスクに座って熱心にパソコンを見ている。他の人間もパソコンを見たりスマホを見たりしているが、仕事をしている様子ではない。この部署に配属されると、少しの期間を置いた後別部署に回されるという。つまり人材の掃きだめというレッテルが貼られているのだ。

このフロアは情報管理課と膨大な資料と証拠品が置かれている。用事がなければ人など来ず常に閑古鳥であるのも窓際族と言われるのにふさわしいのだろう。

まさか自分がこんな所に飛ばされるとは。少し前までは想像もしなかった。けれど事実、自分は今この課に飛ばされてしまったのだ。今だけは脱力したっていいだろう。誰しも左遷なんてされたら間違いなく落ち込むはずだ。

「はぁ」

小さくついたため息は誰にも拾われる事はなく宙に消えた。