改革する


(そうだ、資料室を掃除しよう)

まるでCMフレーズのような事を思いつくと、苗字は掃除セットを持って資料室に入った。

情報管理課はとにかく仕事がない。
警察庁の中では最も地味で腰掛室という不名誉なあだ名までついている、いわば人材の墓場という奴だった。ここに流れた人間は少し期間を空いた後に移動させられるらしい、という噂を聞いていたのだがまさか自分がここに来る事になろうとは。

時折訪れる資料や証拠品の管理に立ち会ったりするものの、基本的にここにいる人達は異動命令待ちなのだ。
パチパチとキーボードをたたいてネットサーフィンをする事はあっても、いかんせん皆やる気がない。すぐに異動になると決め込んでいるからか本来の仕事もおろそかになっている。

それを甘受してしまえば楽だが、それはどうにも落ち着かなかった。そして手を出したのが隣の資料室の整理整頓だ。

資料室の中の資料は、適当に貸し出し、適当に戻される資料は部屋の中で順番などおかまいなしに混ざっているのだ。オマケにラベリングはしてあるが分かりにくい。
『とにかく使いにくい』
それに尽きた。

「よし、やるぞ」



(…果てしねぇな、これ)

数時間前までのやる気はどこへやら。苗字は早くも疲労困憊であった。
一通り資料をどかして棚を掃除し、順番通りに並べるとかなり体力を使う。元々サイバー課であった苗字は肉体派ではなく、ここ最近は運動はかなりご無沙汰だった。ゴキゴキと首を回せば骨が鳴る。

いったん休憩しようと資料室の電気を消して外に出ると、フロアの電気は付きっぱなしだったが人っ子一人いなかった。時計を見れば時刻は8時。窓の外はとっくのとうに暗闇に包まれている。資料室には窓もなければ時計もなく、引きこもって掃除をしていた苗字はすっかり置いていかれたのだ。

(声くらいかけてくれればいいのに、)

新参者には厳しいのが警察官の常なのか。ちょっとさみしい気にもなったが、そこは大人だ。

人知れずに大きなため息をついて目を伏せる。もしかしたら声をかけてくれたが気づけなかっただけかもしれない。そう考えれば少し荒む気分も落ち着く。

更に心を落ち着けようと自分の席に座り、引き出しから自前のコーヒースティックとマグカップを取り出した。マグカップにスティックの粉を入れ、後はお湯を注げば即席コーヒーのできあがりだ。さて、お湯を注ごうと給湯室に行くため立ち上がると、どこからともなく「ゴホンッ」と咳払いのようなものが微かに聞こえた気がした。

「?」

幻聴だろうか。でもたしかにゴホンと聞こえたような。
ぐるりと部屋を見渡してみても、そもそも自分以外の人はいないのだが。まさか幽霊だろうか、なんてばかばかしい事を考えて自嘲気味に笑う。

「…あー、その休憩中すまない。少し伺いたい事があるのだが、」
「!?はいっ」
「驚かすつもりはなかったんだが、すまない」

やはり先ほどの咳払いは幻聴ではなかったようだ。
反射的に声がした方を向くと、丁度そこは今立っている場所からは死角になっている所だった。そこからちらりと見えたモスグリーンが、ぶっきらぼうに全容を現す。それはキリッとした鋭い目つきに眼鏡の男だった。

「探したい資料があるんだが、」
「はい。どんな資料ですか?」
「かなり昔の、製薬会社が爆発された事件なんだが」
「…あぁ、分かりました。丁度整理した所に入ってたと思うので少々お待ちください」


(風見side)

人気のなくなった警視庁内はとても静かだ。だけど自分の足音だけが響くこの静けさは不気味であるが嫌いではなかった。

コツコツ。
コツコツ。

靴を鳴らして向かうのは資料室だ。

先ほど上司である降谷から資料を探してこいと命じられたのだ。風見にとっては降谷はとても尊敬できる上司であり、どんな仕事ですら完璧にこなすのが己の仕事だ。

しかしこの資料探しだけはどうにも気が重い。というのも過去の資料が保管されている資料室は、順番や場所は揃っていないし、何より掃除がされておらず埃まみれなのだ。
今日もこのモスグリーンのスーツが埃まみれになるだろうと思うとため息だって出る。

資料室のある情報管理課へとやってくると、まだ電気はついていて誰かいるのが分かる。しかしフロアを見ても誰もいないようだ。
誰かいるなら手伝って欲しいと思ったのだが、どうしたものかと少し迷っていると隣接する資料室から一人の男が姿を現した。少しタレ目なその男は、資料室から出てくるや否や誰もいないこのフロアを見るなり驚いた様子で目を丸くしている。

「ゴホンッ」

そうして声をかけるタイミングを逃し、仕方なく咳払いをすると聞こえた様子で、不思議そうにフロアを見渡している。

「…あー、その休憩中すまない。少し伺いたい事があるのだが、」
「!?はいっ」
「驚かすつもりはなかったんだが、すまない」

こんなにあからさまに驚かれると何か悪い事をしたような気分になる。風見はできるだけ威圧感がないように、丁寧に喋った。

「探したい資料があるんだが、」
「はい。どんな資料ですか?」
「かなり昔の、製薬会社が爆発された事件なんだが」
「…あぁ、分かりました。丁度整理した所に入ってたと思うので少々お待ちください」

まだ「製薬会社が爆発された事件」としか言っていないのに、男はまたすぐ資料室に引っ込んでしまった。
風見の認識では、あの資料室から本一冊を探すのは一人じゃ到底無理な量と乱雑具合だった。

(俺も探さないと)

いち早く降谷の元に届けねば、という思いに駆られ風見もスーツの事は一旦忘れて資料室に踏み込んだ。

「すいません。今日から始めたので全然手が回らなくて…。埃がついちゃうので入らない方がいいですよ」
「いや、大丈夫だ。それより君は新人なのか?」

風見が想像していたより、資料室は綺麗になっていた。たしかに埃はつきそうだが、前の資料室を思い出すとだいぶマシだ。

相変わらず資料の順番はごちゃごちゃではあるが、男が探しているエリアは順番通りに並べられている。ここからは一冊一冊引っ張り出してはパラパラとめくって戻す作業だ。

「お恥ずかしながら先日こちらに飛ばされまして。えーっと…あぁ、ありましたよ。これですよね!」

パラパラと手あたり次第に捲っていると、男が当たりを引いたらしい。たしかに目次には製薬会社の爆発事件の見出しが入っている。これで間違いないだろう。想像以上に早く見つかって風見は頬を緩めずにはいられない。

「ありがとう。助かった」
「いいえ。今度いらっしゃる時はもっと便利に使えるようにしておきますね」

お役に立てて良かったです。
そう言って彼は照れながら微笑んだ。