手伝う


「おや、この前の。また残業ですか」
「君もな。他の職員はどうしたんだ?」
「ここにいる人は左遷ルートまっしぐらですから。次の辞令が来るまでやる気がないんですよ」

またも夜の資料室に行くと、そこには目じりを下げて笑うあの男だけだった。

デスクはいっぱいあるようだが、しっかり使われているのはこの男のデスク周りだけで、この男が言っている事は事実なのだと理解した。

今日も今日とて丁寧に整理された資料室から資料を持ってきてもらうと、使われていない適当なイスに座ってパラパラと中身を確認した。彼は風見が座ったのに少し驚いたようだが、特に何も言う気はないらしい。すぐに自分の席に戻りキーボードをたたき始めた。

「…君は、どうしてこの課に?」

この課は警察庁に所属している人間ならばどういう人材が流れてくるのかを知っている。
ただの興味本位で風見はそんな事を聞いてしまい、その後すぐにハッとした。

なんて事を聞いてしまったんだと。

「タヌキを捕まえようとしてたら逆に自分が捕まっちゃってこのザマです」
「タヌキ?」
「えぇ、どっぷり太ったタヌキを逃しまして」

穏やかな笑顔の中に、きらりと光った瞳はその”タヌキ”の事を考えているのだろう。メラメラと怒りの炎が燃えているように思える。この流れで言えばタヌキというのは暗にタヌキおやじの事なのだろうが、風見にはそれを誰だか知る術はなかった。

「でもまぁこうして資料整理の毎日ですけど、案外やりがいは感じてますよ。あなたみたいに毎日資料を探しに来られる人もいますから飽きませんし」

それは人によっては嫌味ととらえられるような口ぶりだが、この男の顔を見る限りは嫌味でもなんでもなく素直にそう思っているのだろう。

風見は特に突っ掛るわけでもなく、男のいじるパソコン画面をなんとなく覗き込んだ。
そこには見た事もないタイプのデータベースが起動しており、カチャカチャと素早いタイピング音と共に男の手元にある資料が次々と登録されていく。資料が登録し終われば次の冊子に手を伸ばし、ただひたすらにそれを繰り返す。単純作業の繰り返しで、見ているこっちが眠くなる。だが資料の整理などこういった単純な事がスムーズな捜査を支えているといっても過言ではない。

(あの資料室の整理はこいつの功績か)

おそらく整理整頓が済んだら、資料室の資料は全てデータベースに登録される仕組みなのだろう。着々と行われている資料のナンバリングや、カテゴリ分けも全てこの男がやっているのだ。

「…お前は前はどこの部署にいたんだ?」
「僕ですか?サイバー課ですよ。だから暇つぶしがてら新しいデータベースを構築してるんです」
「パソコンは当然」
「できるに決まってるじゃないですか」
「それじゃあ…一つ頼まれてくれないか?苗字」

もしかしたら、もしかするかもしれない。

きょとんとした男、雀は首をかしげた。風見は首からブラ下げた名札を指さすと、ようやく名前を呼ばれた理由に納得して席を立ちあがった。