出会う


風見に連れられやってきたのは一生縁がないと思っていたあの警備企画課のフロアだった。警備企画課は取り扱っている仕事が仕事だけに、用事がない人間は全く関わる事がない。

(まさか彼が警備企画課の人間とは)

何も聞かない方がいいのだろう。入って良いのか少し戸惑いながら、おそるおそる無言のままフロアに踏み込むと部屋は一部だけの電気がついている。

「降谷さん!どうですか?」
「ダメだ。思ったよりセキュリティが固いな」
「?上司の方ですか?」
「元ですがサイバー課の人間を連れてきました」
「元サイバー課?」

パソコン画面とにらめっこをしていた風見の上司、降谷は少しだけ後ろを向いて視線だけを苗字に向けた。

(青い瞳なんて、外国人みたいだ)

それは目を奪われるような整った顔立ちの青年だった。随分若く見えるが、警察庁にいて風見の上司ともなるとそれなりの地位にいるのだろう。
吸い込まれるようにその青を見つめると、先に視線を外したのは降谷だった。だいぶ目が疲れているようだ。目頭を押さえながらパソコンから離れると後ろに控えていた苗字とようやく真正面から対面した。

「今はあの資料室の番人やってます。苗字名前です」
「…風見の上司の降谷零だ。あー…他言無用で頼みたいんだが、このセキュリティを突破してある情報を探している」

パソコンの画面を見ると、どこかの会社にハッキングをしているらしい。しかし降谷の顔を見る限りはうまくいっていないようだ。

「守秘義務は守りますよ。パソコンお借りしても?」
「悪いな、どうしても知りたいんだ」
「かしこまりました」

降谷が席を立ち、代わりに苗字が座ると様々な英数字の羅列を映し出す画面をザッと確認した後、手慣れた様子で中身をいじり始めた。後ろから二人がそっと覗きこむと、苗字は既に周囲が見えないくらい集中していて、二人に何の反応もせずにただただ画面上の文字を追い手を動かしていた。元サイバー課とだけあって、パソコンを操る様は随分と楽しそうで生き生きとしている。

その姿に降谷と風見は何故こんな奴が資料室の整理なんかをしているのかと首をかしげた。

「降谷さん、お探しの物はこれでよろしかったですか?」

しばらく静かな室内に苗字がひたすらキーボードを叩く音が響くと、それがピタリとやんだ。飄々とした様子で画面を見せると、その口端はにんまりと上がっていた。画面をのぞけばどうしても降谷が欲しかったデータが並んでいる。

「あぁ、これだ!!」
「じゃあデータもらって退散しますね。足跡も消さないと」

10%、20%とデータをコピーする表示が消えると、またカタカタとキーボードを叩く事を再開した。苗字にはハッキングの後始末もお手の物だった。降谷が手こずっていたセキュリティはいとも簡単に突破され、また何事もなかったかのように修正されていく。

「助かったよ。俺もハッキングはまだまだだな」
「これができたらサイバー課は必要なくなっちゃいますよ」

最後にデータをUSBに移し、手渡す時にはもう時計は十二時を回っていた。風見も降谷も、そして苗字もさすがに疲れたと荷物を纏めて退庁した。夜はもう耽っており、綺麗な月明かりが暗い夜道を照らしている。

(毎日残業はしていたが、まさかゼロの人と一緒になるなんて)

自分の先を歩く降谷を見て、不思議な気持ちになった。公安なんてエリート中のエリートだ。毎日パソコンと向き合っているだけの自分が秘密のベールに包まれた人達とこんなに近くにいるとは世の中何があるか分からないものだ。

「それじゃあお疲れ様でした。俺こっちなんで」

自分の行先を指さすと、降谷はポケットに入れていたカギを取り出すと器用にカギについていた輪をくるくると指で遊び始めた。それはまるでこちらに見せつけているようだ。

「せっかくだから一緒に乗っていけばいいだろ」
「降谷さん車通勤なんですね。羨ましい」
「まぁな。ほら、駐車場はこっちだ。行くぞ」

物言わせぬ笑顔で首根っこを掴まれると、なんだか親猫につままれた子猫のような気持ちになる。ズンズンと進んでいく降谷となるべく掴まれた首根っこが離れないように早足でついていく。捕まれたまま歩いていくと駐車場はすぐそこだった。徒歩通勤の苗字には駐車場など全く縁がないのだ。

「じゃあ降谷さん、苗字。俺はここで」
「風見、お疲れ様」
「え?あ、風見さんまた明日」

風見も自分の車に乗り込むと、「お先に」と一言残して夜の闇へと車を走らせた。
そして隣に止めてあった白い車が降谷の車らしい。さすが警備企画課のエリートだけあって随分と高そうな車に乗っている。車に詳しくない苗字でも、スマートな見た目から自分には到底買えないものだとすぐに分かった。
降谷はそんな苗字には気づかずに鍵を差し込むと、さっさと低い運転席へと身を滑り込ませた。

「どうした?早く乗れ」
「乗ります乗ります。失礼します」

果たして乗ってもいいものか考えていた苗字は、降谷の一言でようやく助手席に乗り込んだ。そしてカギを回してエンジンをつけると、白のRX−7は低いエンジン音を奏でながら夜の道路へと繰り出した。

降谷の運転するRX-7は普通の車よりも座席位置が低く、窓から見える景色も低い。そのため地面とも距離が近く、実際のスピード以上に速く感じるのだ。アクセルを少し踏むと敏感に反応してエンジンは回転速度をあげる。そのたびに苗字は内心ジェットコースターに乗った時のように小さく悲鳴をあげるのだった。