送られる


「あぁ、俺この曲好きなんですよね」

隣の助手席でラジオから聞こえてくる曲にそうコメントする苗字を、降谷はこの曲のような奴だと思っていた。曲調はゆったりのんびりとしているが、音は複雑に絡み合い、意識しないと聞こえないような低音が入っている。
表面は穏やかそうだが、先ほど見せたハッキングの手腕といい何か底知れぬ力を抱えているようだ。これが資料室の整理などをしているのだから、上は全く何を考えているのか分からない。

「苗字はサイバー課で何をしていたんだ?」
「僕は庁内のパソコンのセキュリティを管理していました。ハッキングからの防御とか、ウィルス対策とか、不審な動きがあったらこっそり調査したり」
「不審な動き?」
「えぇ、例えば情報漏えいとか」
(…不正を見つけて飛ばされたのか)

フルヤは何も言わずとも、その言葉にこめられた意味をすぐに理解した。

この警察庁内ではいつだって足の引っ張り合いが行われているのだ。情報漏えいが見つかれば大騒ぎどころでは済まない話である。ましてや日本のトップ警察庁で、なんていうのはすぐマスコミに嗅ぎつけられるだろう。
それにしたって苗字が責任を取らされて左遷されるのはおかしな話だが。

「ま、辞令が来るまでは俺はただの資料整理係です」
「風見から随分綺麗になったと聞いたぞ」
「頑張りましたから!整理が終わればデジタルでデータを探せるようにもしてますし、降谷さん達のお役にたつと思いますよ」

軽く苗字はそう言うが、あの資料室の資料はとんでもない量だったはずだ。それを整理し、なおかつデジタル化しているなんてそう簡単にできる事じゃない。だからこそ残業をしているのか、とも少し納得がいった。

「あ、俺の家あのマンションなのでここらへんで大丈夫です」

丁度赤信号で車を止めると、苗字はそう言って目の前に立つ大きなマンションビルを指さした。たしかにここは警察庁からも近く、通勤には打ってつけの場所だろう。シートベルトを外し、鞄を持って外に出た苗字は窓越しに「ありがとうございました」と深々とお辞儀をしてそのマンションへと向かっていった。

(乗る時は挙動不審だったが降りるときはあっさりしてたな)

あまり警察庁では見られない、不思議な雰囲気の奴だ。

青信号になり、フルヤはアクセルペダルを優しく踏むと先を歩く苗字の真横を追い越すように走って行った。カチカチと光らせて見せたブレーキランプに、彼が目を丸くしたのを降谷は知らない。