消えて現れる
「お邪魔しま〜す…」
からフルヤや風見がいる警備企画課に来る事は昼間は絶対にないのだが、(何せエリート集団の警備企画課と片や左遷間近の資料室の人間なんて本来別世界の人間だ)人がいなくなった夜には時々だが姿を現すようになった。しかしあくまでもそーっと、だ。
(あ、降谷さん発見)
警備企画課のフロアに電気がついているから、誰かいるだろうと踏んでやってきたがいたのは相変わらずこちらに背を向け、パソコンとにらめっこしている降谷だ。あたりを見渡しても風見はいないようだ。となれば話しかける相手は一人だ。
「降谷さーん…」
控え目に声をかけてみると、反応がない。よくよく見れば耳にはイヤホンをしていて、何か音声データを聞いているらしい。きっとこの音声データだけに今意識を集中させているのだろう。ならば自分は邪魔をするべきではない。
「お邪魔しました〜」
苗字は改めて声をかけるわけでもなく、集中しているその背中を目に焼き付けてそっと自分のフロアへと戻っていった。
*
「…さん、降谷さん!」
「ん?あぁ、風見か。悪い集中してた」
とある取引現場の映像データを入手した降谷は静けさに包まれた室内で、ただひたすらにその映像についている音声データに集中して耳を澄ませていた。暗闇の中で取引をしている様を映したこの映像は、暗くて場所がどこだか分からない。だが、後ろに流れるささやかな雑音を頼りに場所の絞り込みをしていた。
わずかに聞こえる雑音は、どこか聞き覚えのあるメロディで、何か思い出せそうなのだが思い出せない。なんだったかと記憶の箱をひっくり返していると、すぐ真横で風見が呆れたように立っていた。
「何か分かりましたか?」
「思い出せそうなんだが…、いや、とりあえず休憩にしよう」
「はい。これ食事です。後降谷さんの後ろにこれ置いてありましたよ」
「?これは…苗字だな」
風見から食事の入ったコンビニ袋を受け取り、更に続けて渡されたのは日持ちのする軽食や飲み物、そして昔懐かしい駄菓子の入ったビニール袋だった。これでもかと入っているビニール袋は、持ち上げればガサガサと大きな音がする。
(音声データに集中していたとはいえ、これを持ったまま俺の背後を取ったとなると本当に苗字は潜入捜査に向いてるかもしれないな)
気配の消し方がうまいのだろう。全く気が付かなかった。
そこで降谷はふと視線をあげた。
「そうだ!苗字だ!!この歌、ラジオで流れた時に苗字が好きだって言ってたからもしかしたら何か知っているかもしれない」
「いるか見てきます」
「任せた、風見!」
慌てて風見がフロアを出ていき、降谷はその間にと風見が買ってきた軽食を急いで口に詰め込んだ。さっきまでモヤモヤとしていたものが、今はとてもスッキリしている。苗字が絡むと不思議と事件解決に向けて前進するものだと、駄菓子をひとつ口の中へ放り込んだ。
*
「たしかにこれは俺が好きなバンドの曲ですね」
急きょ呼ばれた苗字は嫌な顔せずにイヤホンを受け取ると、一度通して聞いただけで分かったらしい。イヤホンを外して二人を見ると少し首をかしげた。
「でも少しいつもと演奏が違うので、もしかしたらライブハウスの音漏れかもしれませんね」
「ライブハウス?」
「このバンド、まだあんまり売れてなくて。いつもライブハウスを転々としているんです」
「そうか。ライブハウスか…」
それだけ分かれば十分だ、と降谷はニヤリと笑った。