Innocence


猫と名前


にゃあ、にゃあ、とどこからか聞こえてきた鳴き声に辺りを見回してその声の元を探す。
暫くして見つかったのは真っ白な毛並みの猫と静月の後ろ姿だった。
声をかけようとしゃがんでいる静月に近づきかけると彼女が何かを話していることに気付き足を止める。

「とっ、とうしろう、さん。……冬獅郎、さん」

……俺の名前?
なぜ静月が猫を俺の名前で呼んでいるのか分からず首を傾げる。

「冬獅郎さん……うう、慣れないなぁ……」

ほんのり赤く染めた頬を手で押さえている静月を見て思い出したのは俺が「名前で呼んでほしい」と言う度にりんごのように真っ赤に染まった彼女の頬だった。

──そういうことか。

静月は"冬獅郎"という名前を呼ぶことに慣れようと猫を相手に練習していたのだ。
あぁ、何ていじらしいのだろう。
かわいいのだろう。
「冬獅郎さん」と未だ猫に呼び続けている彼女を眺める目が自然と細まる。
暫くそんな様子を見ていると、今まで大人しくその場に座り、俺の名前を呼ばれ続けていた猫は立ち去ってしまった。

「あっ、待って…!」

その猫を追いかけようと立ち上がった彼女の元へ行き、優しく手を引く。
急に手を引かれたことに驚いたのか、はたまたそれだけではないのか、振り向いた彼女は驚きの表情を浮かべていた。

「ひ、日番谷隊長…?!」

いつも通り"日番谷隊長"と呼ぶ彼女に先程まで"冬獅郎さん"と呼ばれていた猫を思い出してほんの少しの嫉妬、そして、ほんの少しの悪戯心が芽生える。

「俺には"冬獅郎さん"って呼んでくれないのか」

そう告げると彼女の瞳は見開き、頬はみるみるうちに真っ赤なりんごのように熟れていく。

「た、隊長もしかして先程の見られて…」
「あぁ、バッチリな」
「〜〜〜!!」

恥ずかしさでいっぱいいっぱいになったのか静月は声にならない悲鳴をあげて俯いてしまった。
やりすぎたか、と反省をして掴んだままだった彼女の手をそっと離す。

「覗き見みたいな真似をして悪かった。態とじゃない。鳴き声の元を探していたらたまたまお前を見つけたんだ。
名前は、呼べるようになったら呼んでくれると嬉しい」

そう告げてその場を去ろうとした瞬間、静月はそっと俺の死覇装を引いて未だ真っ赤な顔をあげた。
それから何かを悩むように視線を彷徨わせた後に真っ直ぐ俺を見つめて口を開いた。

「とっ、とうしろう、さん…!」

小さな声だったが、確かに聞こえたのは俺の名前だ。
猫でも誰でもない、自分に向けられた彼女の"冬獅郎さん"という言葉にじわじわと顔に熱が集まるのが分かる。
恥ずかしかったのかまた直ぐに俯いてしまった静月に自分の赤くなった顔を見られないように俺はそっぽを向いた。

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