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「これって、まさにΩだな。」
「え?」

表通りから一本入った寂れたタトゥースタジオ。誰かが隠すみたいに作ったその店の店長である友野とものが、テレビドラマを観て呟いた。
友野は中世的で綺麗な顔の男で、俺の友達で、同じΩ仲間。
この店は客足も疎らなので、俺は仕事の休み時間はよく友野の店で過ごす。
ドラマでは主人公が悪役によって崖っぷちへ追い詰められ、頭に銃を突きつけられていた。
悪役は勝ち誇って主人公に迫る。

「俺たちΩも。崖っぷちで銃を突きつけられている様な人生だろ。結局はαなり世間なりの言いなりだし。」
「…んー」

友野がため息混じりにボヤいた言葉に俺は曖昧に答えた。
確かにこの世界でΩの立場はかなり弱い。

「なんだよ。Ωでも高級スーツ着て仕事しているような桜助おうすけは違うって?」

俺の曖昧な反応を、友野が笑って揶揄する。

「はは。いや、単純に認めたくないなって…。」
「まぁなー、桜助なら、銃を頭に突きつけられても、崖から飛び降りて上手く逃げそう。」

友野は呆れた様に、しかしふんわりと笑った。平々凡々な俺と違って、整った顔で何処か儚い雰囲気の友野の笑顔は綺麗だ。
だから、尚更…。
俺はチラリと視線を友野の腕に落とす。
友野の体には傷やアザが目立つ。

友野とは二日に一回は会うし、ほぼ親友とも言えるレベルだ。
そして俺にとっては兄の様でもある。

友野、いつか、お前と一緒にこんな生活から逃げ出したいよ。

—————
「桜助(おうすけ)さん。桜助さん。」
「………あ、そうだった…。」

つい昼に会った友野の事を考え込み、ボケっとしていた。
俺の名前を呼んでいた取引先の相手は、そんな俺をふっと笑い意味ありげに腰に手を回してくる。
相手は一企業の社長で当たり前のようにαだ。Ωの俺はその匂いに嫌でも体が熱くなる。

「桜助さん」
「…」

俺がすんなり友野と逃げ出せない理由。
そして、俺の秘密。

「貴方の為に契約しましたよ。」
「ありがとうございます。我が社との取引で必ず損はさせませんから。」

相手が顔を寄せてくるのを、やんわりと押し返す。
噛みつき防止の首輪と皮膚の間に薄くかいた汗が不快だ。

「俺が求めているものはもっと違います。」
「…。」

そう言うと、劣情を込めた視線を向けてくる。
俺はその視線から目を逸らした。
胸糞悪い。これだけは慣れない。そんな目で俺を見るな!

「本当にすみま「Ωがαに口越えするなよ。」

鼻を鳴らしてそう言うと、無理矢理キスされた。

「契約破棄するか?」
「はい。そうですね。そうしましょう。」



———
αが偉くてΩは軽視されて虐げられる。
そんな事は間違っている。

「αなんか嫌いだ。全員ぶち殺したい。あいつら、皆いつか俺の前に傅かせて、顎で使ってやる。くそっ」

俺はトイレで一人、口を濯ぎながら漏らした。
俺が取り引きに向かう相手は、須く社会でそこそこの地位にある奴らばかりだ。
必然的にαばかりになる。
仕事を有利に進めるにΩ性を利用するが、一線を超える事はしない。
αとなんて嫌いだ。

「…はぁ。五千万程度でゴタゴタぬかしやがって…。」

しかし今日のように、相手のα性が強過ぎると失敗してしまう。こちらのΩ性も強く反応して相手を刺激し過ぎてしまうのだ。

ブーブー

ため息をついて口を拭いていると、スマホがなった。
はぁ…。俺の一番の問題がこれだ。
俺はため息をつき通話ボタンを押した。

「大樹(たいき)?どうし…。」
『遅い』

チラリと腕時計に目を落とす。
そんな遅くないだろう!会社を出てまだ、1時間半経たない位だ。
これだからα様は…。

「ごめんて。後…30分位で社に戻る。」
『5分後に中央通りの交差点前に来い。』
「は?」

プツン

言うだけ言うと、一方的に通話を切られた。

「〜っ、くそ!本当にαなんて嫌いだ!」

何故こうも横柄な奴ばかりなんだ!
しかし本人に面と向かっては言えない。
俺は大樹の秘書だ。
しかし理由はそれよりも根が深い。
俺は大樹に「Ω売り」された立場だ。
Ω売りとは、最近ではもう廃れつつある文化だが上流階級では未だ根強く残っている。
そこそこの家に産まれた立場の弱いΩは、名家αの元に出される。Ωはαの子を妊娠しやすいのでその為だったり、単にその家のαの子供が不祥事を起こさない為だったり、理由は其々だ。
Ω売りされた先の家次第で、そのΩの人生は一変する。
俺もαである大樹の家に出された子供だ。
…俺の場合はゴタゴタもあり少し特殊なので、大樹がどう考えているかは知らないが…。
そもそも、そうやって出されたΩは大体軟禁状態に陥るのに、大樹は俺に色々学ばせて仕事までくれた。
側からみればかなり変わった扱いだろう。
しかし俺は知識と金が貯まり、ある程度の人脈が構築出来たら大樹の元からも去る算段だ。だからそれまではそんな事は悟られず、従順なフリをしておかねば。
気付かれたら面倒だ。
俺は直ぐにトイレを出て交差点に向かった。

「ていうか、来るなら、自分で契約書取りに行けよな!」

ましてや他のα相手にΩ性使って良いように取り入っているなんて大樹にバレたら、それこそ一大事だ。
αは概して独占欲が強い。
今の特別な扱いも、大樹の気持ち次第で一気に制限されるかも知れない。
そうなると色々終わる。
だから危ないαには注意して、上手くやりくりしないと。

「…うわぁ…」

危ないの、その最たるものが交差点の前にいた。

「やぁ、桜助くん。」
「坂本さん…。」

目の前にはキラキラと笑う綺麗な顔の男がいた。
小さいながらも確実にのし上がってきている、新鋭のアパレル会社の社長だ。
αでどっがの国(興味ないので忘れた。イタリア?)とのハーフらしく、滲み出る洒落た雰囲気がαの中でも特に浮世離れした空気感を作っている。おまけに今日は薔薇の花束を手に待っている。
道ゆく人がチラチラと振り返っているのも納得だ。
本当にこいつ、正気か?

「今日の契約はうまくいった?」
「お前に関係ないだろ。」

ナチュラルに人のスケジュールを知っているのも怖い。
コイツは俺のストーカーだ。
会社にとっては重要な人物だが、こんなに絡まれては扱いも邪険になる。

「えー、そんな口を僕に聞いちゃう?契約先乗り換えようかなぁー」
「…っ、ぐ、」

表情が顔に出てしまう。
別に契約破棄なんていいけど、破棄した理由が大樹にバレたらまずい。
それに坂本の会社は収益性も高い。割と重要な会社だ。
思わず悔しげな顔をすると、それをニヤニヤと笑われた。

「ふふ、可愛い。今度また写真とらせてよ。」

こいつは当初、契約する代わりにとある見返りを要求してきた。
自分のメーカーの服を着て写真を撮らせて欲しいと言う話しだった。
坂本の会社といえば高級スーツだ。だから頷いたのに、当日こいつが持ってきたのはまさかのいかがわしい下着だった。
そこで初めて知った。坂本が自分をどう言う目で見ていたか。
知っていたら、こんな危ない奴と契約なんて結ばなかった。
そもそも坂本と出会ったのは俺がまだ新米の頃で、相手を見極める目が甘かった。

「隠し撮りも結構溜まったし、もうそろそろ、ちゃんとしたのも撮りたいなって感じー。」

坂本は嫌らしく笑って、俺の肩に手を回す。
睨みたいがその気持ちをグッと堪える。

「そろそろ、契約更新の時期だし…。」
「…」

「ね?」と、坂本は可愛らしく首を傾げた。
可愛くないけど。

「そんな首輪も外して、僕の用意した服着て、僕と楽しいこと、しよう。」

そして、ちょんっと俺の首輪をつつく。

「そ…わっ‼︎」

流石にと一言物申すつもりが、急に背後に止まった車の中に引き摺り込まれた。
びっくりして振り返ると、大樹が俺の腰を引いていた。
俺が目を白黒させている間に、大樹は乱暴に車のドアを閉めた。
そして運転手に直ぐに出せと指示を出す。
最後に見た坂本は不敵に笑っていた。
あのドラマの、銃を持った悪役の様だ。
そう言えば、隠し撮りが何とかって言っていたな…。
え?家とかも、やっぱり普通にバレてるの?…怖…。

「遅いと思ったら、アイツと随分親密そうにしていたな。」
「…え?………はぁ?何言ってんの?」

馬鹿なの?
と心の中で思うに留めたのに、顔に出てしまった。
大樹は拗ねたように俺と反対方向をみる。
はいはい。会って三秒でもう面倒。
ご機嫌取りも大変だ。

「俺がαに惹かれる事はない。大体俺はもう…。」
「…」

ここで一芸。
わざとらしくしょんぼりとした声を出すと、大樹がチラリとこちらに視線をよこした。
よしよし。効果はてきめんだ。

「…なら何故噛みつき防止を付けるんだ。むしろそれがない方が、ほかの奴らに狙われないだろ。」
「何処の誰かも分からない、変人に噛まれた歯形を晒すなんて嫌なんだよ。」

俺の項には、歯形がくっきりと残っている。
昔、強制的にヒートにされ誰かに噛まれた。
一応子作りは出来る。しかし番のいるΩのフェロモンは、普通のΩのフェロモンよりもかなり薄くなる。娯楽品としては欠陥品の部類だ。

「あー…、今日はこの後会食だろ?そういや、会食の相手、見ない名前だったな…。新規契約予定?」

俺はぱっと雰囲気を切り替えて、大樹に話しかけた。
大樹は暫く俺の顔をじっと見返していたが、ふっとまた前へ目を向けた。

「研究への投資案件だ。Ωとαの番契約を解消できる薬。」

その瞬間、俺は思わず目を丸くして大樹を見返してしまった。

「え?お…俺のため?」

大樹と俺はほぼ一緒に育ったようなものだ。
俺に情だって湧いているだろう。
まさか俺の為に、番を解消する為に。
ちょっと、感動…。

「いや、俺のため。」

しかし大樹の返答はあっさりしたものだ。キッパリとそう言いきると、射抜くようにこちらを見てくる。
まぁ、だよね。金にはなりそうな研究だよな。

「だよね〜。準備しときまーす。」

俺は軽い調子で返事を返した。
大樹の家は元々大きな商社を経営しており、大樹がそれを後継した。
大樹は見た目も内面も正にαで、商才も目を見張るものがある。
…俺に対しては、結構子供っぽい反応が多いけど。
金になる話への感度は高い。

「あと、今晩は俺の部屋で夕飯を食べよう。」
「え。」
「何だよ。こっちも「準備しときまーす」だろ?」
「…いや、馬鹿にすんなよ…。てか、あの、今日は…その、仕事後は友野に会う約束してるから。」

大樹が黙り込み、眉を寄せてこちらを見てくる。
そんなに見つめられたら、大穴が開くぞ。
これは大樹が不満な時の癖だ。

「…分かりました。友野に会ったら…その、準備しときまーす。」

大樹は眉を寄せたまま、こくりと頷いた。
俺と大樹の家はマンションの隣り合わせだ。
『部屋で食べる』言葉の通りなら、勝手にどうぞ食べてくれって話だ。
しかしこれはそういう意味じゃない。
ご飯後は俺も美味しく頂かれるという合図だ。αに貰われたΩのお勤めだから仕方ない。そう言われれば言い返す言葉もないが、嫌なものは嫌だ。
俺は大樹に見つからないよう、隠れてため息をついた。
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