あの日から、僕は毎日一君を抱いている――


一君の家が大学の近くだと知った僕は、早速一君の家に上がりこんだ。
(土方教授の所へは結局行かなかった)
地方から出てきて一人暮らしの一君には友達が全然いないらしくて、大学生活ももう3年になるというのに、他人を家に上げたのは僕が初めてだと言う。

この状況は、僕にとって好都合でしかない。
写真をネタに無理矢理合鍵を作らせて、僕の好きな時に一君を抱きに行く生活が始まった。

そんな生活を続けて、1ヵ月が経った。
その間あらゆる時間帯に連絡も入れずに行ったけど、一度も土方教授と鉢合わせた事は無い。
あのムカツク教授は一君と付き合ってる筈だ。それなのに一君の家で会わない理由は、教授室限定の逢瀬だということだろう。

相手が一君だと思うと、教授室限定だというその隠匿感さえも何だか淫靡に感じてしまう。
そして僕の知らない所で僕の知らない顔を教授に見せてるのかと思うと、僕は苛立ちを抑える事が出来ない。
僕が一君を抱くのは、その苛立つ気持ちを解消する意味もあった。

この一ヶ月、毎日抱きに行っているというのは、僕が毎日一君の事を考えてしまっているからに他ならなくて、苛々するのに一君の事を考えずにはいられない。
今日なんて昼にも一度行ったのに、夜になっても僕の身体と心が、まだ一君を求め続けていた。

既に時刻は夜中の2時半で、それでなくとも毎日行っているのに、こんな時間に行くなんて僕が一君に夢中になってると気付かれないかと心配になって、行くかどうかはとても悩んだ――けれども今、僕は一君の家の前に居る。

終電なんてとっくに終わっていたから、タクシーを拾ってまで来てしまった。
もう寝てるだろうと思っていたのに、一君の部屋は明かりが点いている。僕は少し嬉しくなって、すぐに部屋に上がり込んだ。

「今晩は」

ドアを開けながら、中に居る筈の一君に声を掛ける。でも一君の姿が見当たらない。

「一君?」

声を掛けても返事が無い――何で?
すぐに浮かんだのは土方教授の顔だった。あいつと会ってるのかと思ったら、瞬間的に怒りを感じた。

どうして一君は土方なんかと付き合ってるんだ、誰にも本気になれなかった僕が、初めて人を好きになったのに!
想いが届かない悔しさと、報われない悲しさがまた僕を苛立たせる。

何より頭にくるのは、土方が実はいい奴だと知ってる事だ。
あの面構えも喋り方も態度も全部ムカツクし、口が悪くて無理矢理なのに、それでも僕を抱くときあいつが僕に気を遣っているのを感じていた。

その腕の中の優しさも、僕はもう知らないとは言えない。ついでに巧いのも、今となっては腹が立つ。
一君もきっとあの技に溺れているに違い無い。

僕じゃ敵いそうもない恋人が居る一君に、今更本気で好きだなんて言えなくて。
それなのに、離れる事も出来なくて。
苛立ちが、今度は悲しみに向かう。そのお陰で少し冷静になって、初めて気が付いた。テーブルの下に誰か居る……ドアと反対側の陰になっている部分だったから、気付けなかった。
そっと覗いてみるとそれは予想通り一君で、シャーペンを持ったままテーブルの陰で眠っていた。
テーブルの上にはレポートが置いてある。多分レポートを作って、疲れてそのまま寝てしまったんだろう。

疲れた原因は僕かな?
土方教授と会ってた訳じゃないと判り、僕は途端にご機嫌になる。一君の寝顔も、初めて見る事が出来たし。
 
そういえば初めて一君を見た時、その深い蒼の瞳を綺麗だと思ったっけ。でも目を閉じていても、とても綺麗だ。
少し見惚れて、それから一君をベットに運ぶ。

今日は昼にも抱いた事だし、このまま寝顔を見ながら朝まで過ごそうかな、とも思ったけれど、やっぱり顔を見ていたらただ見てるだけでなんていられなくて、僕は寝ている一君の服をそっと脱がしにかかる。
全裸にして、改めて一君の身体をよく見てみた。少し細過ぎるんじゃないかな、とも思うけど、僕も細身だから今くらいが抱き易くて調度良いかな?

それから、まだ何の反応も示していない一君自身を優しく触ってみる。
少し触れただけで僕はすぐ舐めたくなってしまって、自分の抑えの効かなさに少し笑ってしまった。

一君のものに口付けながら、そう言えば最初に隙をついてしたキス以来、僕達がキスをしていない事を思い出した。
キスと言っても、僕が一方的にしただけだけど……。

僕は一君を見るとすぐ抱きたくなってしまって、そしてすぐ夢中になってしまう(こんな事初めてなんだ)。それでも一君に夢中になってるなんてバレるのが嫌で、極力余裕のある振りを僕はしている。だから、している時も終わった後も、一君には抱く行為以外ではそんなに触れないようにしていた。本当はもっとイチャつきたいんだけど。でもそういうのは、恋人になってからじゃないとおかしいよね?
そんなわけで、僕は恋人になるまで一君にイチャつかないと決めた。もしかしたら、一生そんな日は訪れないかもしれないけれど。でも一君に夢中になってしまった僕の、これが精一杯の抵抗なんだ。

無防備に寝ている一君自身を舐め続けていると、「ん……」と小さな声が聞こえた。
起きたかな? ちら、と一君の顔の方へ目線だけ向けると薄く目を開けているのが見えて、構わず僕は行為を続けた。
徐々に覚醒してきた一君は僕の方を見て、それからまた目を瞑ったけれど、すぐにまた目を開いて慌てて起き上がった。

「総司? 何をして……アッ」

この1ヵ月、散々一君のいいところを探してきた僕は、一君が起きた途端に彼の弱い部分を攻め立てた。
わざと音を立てて、耳からも一君を攻め立てる。

「ん、やっ、あぁ、総司……」

ちなみに一君が僕を総司と呼ぶのも、僕が脅して言わせるようにしたものだ。
いつまでも「沖田」って呼ばれるのが、余りにも他人行儀で嫌だったから。

それからとうとう我慢出来ずに一君が吐き出した物を、僕は目の前で飲んでみせる。
僕が飲むと一君はいつも恥ずかしそうな顔をして俯くから、それが可愛くて毎回飲んでいる。

「一君、また今からしたいな?」
「俺は、レポートが……」
「じゃあ手伝ってあげる」
「しかし、こういう物は自分でやらねば意味が無いのではないか?」

一君はどこまでも真面目で、僕の方が肩が凝ってしまいそう。

「もぉ〜あのね、こういうのは友達と助け合って作ったっていいの! コミュニケーションも大学の授業の一環なんだよ」

僕がそう言うと、一君は今迄見たことのない不思議な目を向けてきた。
その視線の意味が分からなくて、僕は訊ねる。

「どうしたの? 僕、何か変なこと言った?」
「あ、いや……何でもない」

それから一緒にレポートを仕上げ、僕にとっての本番に入った。
僕が突き上げる度に一君が乱れていく。その一君を見て、僕はどんどん息が上がる。何度見ても飽きることのない、この興奮――初めてなんだ、こんな気持ち。

……でも、言えない。

一君はいつも途中から枕を噛んで声を殺す。
今日も枕を銜えて必死に快感に耐えていて、それでも必ず達く直前に口を離して「総司……っ」と言う。これは僕が脅してそうさせてる訳じゃなくて、何だか一君の癖のようなもの。いつもそうなのに、いつだって僕は名前を呼ばれた直後に達ってしまう。一君が凄く艶めかしいから、どうしても我慢出来なくて。だから僕達はいつも同時に絶頂を迎える。
一君は知らないだろうけど、僕にとってその瞬間は僕等の唯一の共通点に思えて、実はとても大事な瞬間なんだ。

今日も総司と呼ばれて、僕等は果てた。
流石に体力が無くなって、今夜は二回で終わりにする。
終わればいつも一君を抱き締めたいな、と思うけど必死に我慢していた。そう、恋人になるまでは甘い時間なんて持たないって決めてるから。
着替えを始めた僕に一君が声を掛けてくる。

「こんな時間に、どうやって帰るのだ……」

タクシーだと答えると、ちょっと驚いた顔をした。どうしたのかなと思っていると、信じられないといった口調で質問を投げてくる。

「まさか、来る時もタクシーを使ったのか?」
「そうだけど?」

僕の答えに一君は黙ってしまい、それから彼も服を着始める。
程無くして着替えの終わった僕は玄関に向かう。またね、と言う為に振り返ったらいつもは見送りなんてしてくれない一君が、玄関口までついて来ていた。
もしかして、タクシーまで使って自分に逢いに来たなんて言われて嬉しかったのかな、なんて淡い期待を持った僕は大馬鹿だった。

「そこまでして、何故来る」

逢いたくて、なんて言えないから僕はまた嘘を吐く。

「え、したくなっちゃったからだけど?」
「おかしいとは思わないのか、俺達の関係を」
「別に? 若いんだし、しょうがないと思うけど」
「あんたはそんなに金があるのか? 俺達の大学は裕福な者の集まりでは無い筈だ。なのにタクシーを使ってまで来るなんて、おかしいと思わないのか」

まさか僕の行為が裏目に出るなんて思わなかった。どうしよう。でも、好きだからなんて言えないし……。
僕が悩んでいると、一君から思いもよらない言葉を告げられた。

「もう、止めにしたい」
「……え?」

僕は信じられないのと、信じたくないのとで言葉が出なくなった。
必死にこれからも一君との繋がりを保てるような言い訳を探す……そうだ。

「写真、バラまいていいの? 僕、友達いっぱいいるんだけど」

思ったほど冷静には喋れなかった。けれどこれが一番効果のある言葉だと思った。
それなのに。

「構わない……俺はもう、大学を辞める」

何も言えなかった、衝撃が強過ぎて。
だって、まさかそんな事言われるなんて思わなかったから。辞めるなら、何でさっきレポートを作ってたの? 自分で作らなきゃ意味が無いとまで言ってたのに、何で?

嫌だ……。
僕は、嫌だ。一君に逢えなくなるなんて、嫌だ……。
離れたくない。
ずっと傍に居たい。
付き合えなくてもいいから。
顔を見られるだけでもいいから。
だからどこにも行かないで――



「好き……」



「何だ……?」
「一君が、好き……」
「総司?」
「好き……好きだよ…………好き」

一君が、とても驚いた顔をした。でも僕は、もうこれしか言えなかった。

「好き、好きなんだ、やだ、一君と逢えなくなるなんて、いや……嫌だ、、好き、一君が好き、好き……」

この時の僕は、相当みっともなかったと思う。でも仕方ない。
うそを吐き続けてきた代償に、本音しか言えなくなってしまったらしい。

「君が好き、好きだから……」

あと一歩踏み込めば、一君を抱き締められる距離に居るのに、僕は怖くてその一歩が踏み出せない。ただただ突っ立って、"好き"だけを繰り返していた。
何だか一君の姿が霞んできたけど、それでも構わず言い続ける。するとその一歩の距離を、一君が縮めた。

「分かったから、泣くな総司」

そして初めて、一君に抱き締められた。
抱き締め返したいのに、僕は嗚咽を堪えるのに精一杯で、腕が上手く動かせない。それでもひたすら"好き"だけを言い続ける。
僕を抱き締めていた一君が、片腕を伸ばして僕の頭を撫でた。

「分かったと言っただろう、もう泣き止め。大学も辞めないから」

そうは言われても、物心ついてから初めて泣いた僕は、涙の止め方が分からなくてぼろぼろと泣き続ける。
今度は、一君が大学を辞めないと言った事が嬉しくて。

辞めないなんて嬉しい。
また逢って欲しい。
言いたい事はいっぱいあるのに、僕の口は好きだけしか紡げない。

「好き、一君が、好き……大好き……」

そんな僕を見て、一君は今迄で一番綺麗に笑った。

「俺もだ、総司」

その日は、一君の家に泊まらせてもらった。
両想いになってから何もしないで過ごすなんて、何だか順序がおかしかったけど。ただ一緒に居られるだけで嬉しかった。隣に一君が居る、それだけで僕は幸せだったんだ。
何故だか今更手を握る事すら恥ずかしくなってしまって、僕等は少しだけ距離を開けて寝た。

気持ちの昂ぶっていた僕はなかなか寝付くことが出来ず、それに気付いた一君がぽつぽつと僕に対する気持ちを話してくれた。
友達のいない一君は、いつも人に囲まれてる僕に憧れてたとか、本当は友達になりたかっただとか。
あぁ、レポートを仕上げる時に驚いた目をしたのは、僕が「友達」って言ったからだったんだね。
でももう友達なんて無理だからね? と言ったら、「分かっている、俺もだ」なんて優しく言うから、僕は益々気分が昂ぶってしまったんだけれど。

翌朝目が覚めてから、僕は今迄我慢してきた事を全部しようと思った。
一君がもう止めろと言うまでずっとキスをして、キスを止めたら、今度は一君がもう放せと言うまでずっと抱きついていた。

あぁ、幸せ……。

それから一君が「そろそろ大学に行く時間だ」と言うので、僕もしぶしぶ着替えを始める。
その時、先に着替え始めた一君の服からちゃり、と何かが落ちた。それは銀色の――忘れてた、一君は土方教授と……。

僕はさっきまでの幸せが急速に消えていくのを感じた。すると一君がその鍵を拾い、気まずそうに「あ……」と呟く。
僕は恐る恐る訊いてみた。

「その鍵、何?」
「忘れていた、土方教授に返さなければ……」
「返すって、何? 一君、土方教授と何かあったの?」
「いや、預かっていて欲しいと言われて持たされただけだ。しかし返すのを忘れていた」
「え?」

預かってただけ?
じゃあ、今迄の僕の我慢は一体何だったの?
今度は段々ムカムカしてきた。
僕の悩みの原因は、結局あいつなのか!本当にあいつは気に食わない。大嫌いだ。


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