※「うそつき」「うその代償」と同設定・同時間軸での土→沖


ちょっとした賭けだったんだ、斎藤に鍵を渡したのは。

その斎藤に、総司を呼び出させた。
もしも総司が鍵に気付いたら、何か反応するんじゃないかと思ったからだ。
気付かれないかもしれない。気付いたところで、反応するかも分からない。

だから、賭けた。

俺は、総司の気持ちが知りたかっただけなんだ――


初日の俺の授業に欠席者は居なかった。二回目の授業から一人、来なくなった奴が居る。そいつはそれ以降も全く来なかった。
単位のこともあるからと、一度そいつを呼び出した。教授室に入って来たそいつは悪びれもせず「遊んでいたから来なかった」とぬかしやがる。
俺も随分ナメられたもんだと思い、少し懲らしめてやろうとした。今思えば大人気無ぇが、その生徒に手を出したんだ。

「えっ、何を――」

そいつが驚いた声を上げる。

「何だ、遊んでたんだろ? それともこんな遊びは入ってなかったってのか?」

片腕でそいつを抱き締めながら、もう片方の手でその生徒自身を直に扱いた。

「はっ、あっ……」
「すげぇ感度だな、まさか初めてじゃねぇだろうな?」
「あ、初めてじゃ、ない、けどっ……んっ」
「けど、何だよ?」

想像以上に良い反応をするので、面白くなる。

「あ、ン、上手いよ……あ、あぁ……」

思ったより早く、腕の中の生徒は果てた。

「何だぁ? 早ぇな」
「だって、気持ち良かった……」

入って来た時は生意気だと思ったが、存外可愛いじゃねぇか。

「ならもっとしてみるか?」
「うん」

断られると思ったんだが、そいつが頷くもんだから俺は遠慮無くその生徒を貪った。
大して広くもねぇ教授室だったが、その狭さが気にならないほど夢中になっちまったようだ。行為が済むと、その生徒はにやりと笑って俺を見る。

「無理矢理こんな事して」
「あぁ? 無理矢理じゃねぇだろ、てめぇもやりてぇっつったろーがよ!」
「だってあんな気持ち良くするんだもん、続きしたくなるよ」
「気持ち良かったってんなら、無理矢理じゃねぇだろーが」
「無理矢理気持ち良くしたくせに」

この言い草に、俺は溜息を吐く。

「てめぇは日本語が滅茶苦茶だな、次から授業ちゃんと出ろよ?」
「はぁい」

楽しそうに返事をしてから服を着始めたそいつに、冗談のつもりで声を掛ける。

「そんな良かったんなら、また相手してやろうか?」

いや、俺は冗談なんかじゃなかったかもしれねぇ。
ただそいつの返事は、俺にとって嬉しいものだったのは間違い無かった。

「うん、じゃあお願いしようかな?」

それからそいつ――沖田総司に、俺は室の鍵を渡した。総司は気が向いた時に、何度か来た。来れば日が暮れる迄楽しんだりもしたが、そう頻繁には訪れない。
俺は口にも態度にも出さなかったが、心のどこかで今日も来ねぇかと期待して待っていた。
総司に鍵を渡していた期間、俺の人生に一番色が付いていたように思う。
だが、終わりは突然だった。

「もう飽きた」

その一言と共に、鍵は返された。近いうち連休があるからと、実は旅行の手配をしていて、チケットを渡そうかと思っていた所にこの仕打ち。
正直、堪えた。
だが俺達は別に付き合ってた訳じゃない。お互い一度も好きだなんて言ったこともない。
大人は損だ。素直になれなくて、それで結局損をする。
俺は「そうか」とだけ言って鍵を受け取り、悲しそうな顔だってしなかった。……もしもこの時、素直な表情が出来ていたなら何か変わっていたのだろうか。

総司は「教授の事はバラしたりしないし、安心して?」そう言って、俺の腕の中で見せたのと同じ笑顔を作って去って行った。
俺はもう総司と関わることが無くなるのか。一瞬で俺の生活から色が消えた。
手に入らねぇのに、ただ総司を見るだけの生活になるなら、もうこんな大学に用はねぇんだけどな。
それでもきっと俺は明日もいつも通りに大学に足を運ぶのだろう。
自分の気持ちを隠すのがどんどん上手くなっちまった。
大人ってのはうそつきだ。


そして俺は賭けに出る。

斎藤に鍵を渡して、総司を呼びにやった。
総司が鍵に気付いたら、もしも俺に少しでも気があるのなら、何か反応があるんじゃないかと期待して――。

だがその日、総司どころか斎藤さえも、俺の元には来なかった。
鍵に気付かなかったのか?
そう思っていたが、もうそんな単純な話では無くなっていたらしい。
1ヵ月後、斎藤が俺の室に来て言った。

「土方教授、申し訳ありません。鍵をお返しするのを忘れておりました」
「あぁ、いやいいんだ。俺の都合で預かってもらってただけだからな」

俺が来て欲しかったのは斎藤じゃねぇんだが、暗い顔で入って来た斎藤に何だか不安を覚えて訊いてみる。

「どうした、何かあったのか? 随分暗い顔してるが……」
「あの……少しご相談したい事があるのですが、宜しいでしょうか」
「そりゃ、構わねぇが」

数分後、聞くんじゃなかったと後悔した。
斎藤の相談は、ある男に脅されてここ1ヵ月、毎日性的行為を強要されているというもので、相手の名前は聞かなかったが、聞くまでも無かった。
斎藤は誰とも関わらない。友達もいないようだ。
なのにそんな無茶な要求を出す相手と関わりがあるなんて、それはもう総司しか思い付かない。

俺の所には気が向いた時しか来なかったくせに、斎藤とは毎日逢っているのか。
つまりそれは、総司の本気。
まさか目の前にいる斎藤が恋敵になるとは……。
いや、総司の目には元々俺なんて入ってねぇんだな。

賭けは、惨敗だった。
それどころか、二人を引き合わせたのは間違い無くこの俺で。
馬鹿な事はするもんじゃねぇな……。自分で自分に呆れた。だが、いつまでも自分の事ばかり考えている訳にもいかない。

「嫌なら抵抗すりゃいいじゃねぇか」
「その、嫌な訳では……」

最悪だ。斎藤も総司が好きだってのか。だが嫉妬なんざみっともない。

「なら何に困ってるんだ?」
「その、向こうがどういうつもりでそんなことをしているのか分からなくて、困っております……」
「なら確かめてみればいい」
「どのようにですか?」
「"関係を終わらせたい、それがダメならもう大学を辞める"って言ってみろ」
「分かりました、有難うございます」

去り行く斎藤は、結局鍵を返し忘れている事に気付いてないみたいだったが、俺も呼び止める気は無かった。
もう来ることの無い総司に、渡す必要の無い鍵など要らなかったから。

後日、斎藤に礼を言われる。俺は「良かったな」と言って笑ってみせた。
大人はどんどんうそつきになっていく。
こんな俺でも、いつか素直になれる相手と出逢えるのだろうか……。

この不安は一年後、新しく配属された風間という男によって消される事になる。


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