あやとり:SS
三木×相馬SSです。SSと言っておきながら長くなってしまったので、早めに小説ページに移動させます。でも一旦ここに置きます。ページ移動する際には、オチをちょっと変えたいです。
ご興味ある方はRead moreからどうぞ。
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雪村先輩にあやとりを教わった。男が真剣にやる遊びではないとは思いつつ、余りにも下手くそだった自分が情けなくて、屯所の端の廊下の隅でこっそり練習をしていると、突然手元が翳る。見上げると、三木さんが俺を見下ろしていた。
「何してんだ?」
そう問われて、俺は固まってしまう。男のくせにあやとりの練習をしているだなんて、笑われるに違いない。三木さんにだけは情けないところを見せたくないのに。
「おい、聞いてんのか? 何してんだ?」
「あっ、えっと、その……」
どうしよう、どう誤魔化そう。慌てて考えてみたが、真っ白になった頭では良案などひとつも浮かばなかった。あたふたとしているだけの俺を見て、三木さんが口端だけを上げて笑う。
「何だよお前、あやとりって名前も忘れちまってんのか? ほんと馬鹿だな」
「えっ、あやとりをご存知なんですか?」
驚いて叫んだ俺の言葉に、三木さんは不快そうに顔を歪めた。
「あやとりを知らねぇ奴なんかいんのか?」
「いえ、そういう意味ではなくて……」
そんなに有名な遊びだったのか。俺は雪村先輩に聞くまであやとりなんて知らなかったのに。だから「そういう意味ではなく」とは言ったものの、実はそこにも驚いていた。けれど俺の指に不格好に絡まっただけの糸を見て、これをあやとりだと気付いたことにはもっと驚いた。
「……付き合ってやろうか?」
「え?」
「あやとり、練習してんじゃねぇのか?」
「そっ、そうです、けど……え、三木さんあやとりなんて出来るんですか?」
「まぁな、兄貴が昔好きでやってたのに付き合ってたからな」
兄貴、と言われて思い浮かべた伊東さんの姿に、何となく納得した。確かに伊東さんならあやとりが好きでも違和感が無い。
そんなことを考えてる間に、三木さんが俺の指から糸をあっさりと抜き取っていた。それはすぐに彼の手の中で綺麗に形作られる。
「ほら、取ってみろよ」
「あ、はい」
いくら下手な俺でも、最初だけは大丈夫なんだ。三木さんの指から自分の指へと糸を移動させると、三木さんが「へぇ」と小さく笑った。
今度は三木さんが俺の指から糸を上手に取り、また三木さんの手の中で糸が形を変える。鮮やかだ。
「お前の番だろ、早く取れよ」
「はい、えっと……えっと……」
けれど俺はもう、どうしたら良いのか分からなくなっていた。糸の取り方が思いつかない。雪村先輩には習ったはずなのに、それを思い出すことも出来ずに三木さんの前でおどおどするばかり。
「何だよお前、もう出来ねぇのか?」
「はい、すみません……」
「別に謝ることじゃねぇだろ」
そう言いながら三木さんは、くくっとおかしそうに笑う。
「お前ってほんと不器用なんだな、それとも俺の前だから緊張してんのか?」
予想外の言葉に驚いて三木さんの顔を見ると、彼はいたずらっぽく笑って俺を見ていた。その表情で、揶揄って言っただけなのだとすぐに分かる。それは分かるのに、そう言われたせいで意識し出してしまって、本当に緊張してきた。どうしよう、指が震える。
そんな俺を見て、三木さんがまた笑った。
「あやとり、やんねぇの?」
「や、やりま、す……」
震えたままの指を伸ばし、どうやって糸を取ろうかと考えた瞬間、俺の手をいきなり三木さんが握り締め、そのまま勢いよく俺のことを自分の方へと引き寄せた。
見上げると、すぐ近くまで三木さんの顔が迫っている。このままでは口づけてしまいそうだ、と思った時にはもう口づけられていた。
「あやとりは下手なまんまでも構わねぇけど、口づけは上手くなれよ」
三木さんのすることにも言うことにも、頭がついていかない。俺は一体何をされてるんだ?
「え、えっと、あの……」
とにかく一度離れなければと思ったのに、糸が指に絡まって離れられない。手の方へと視線を動かした俺に気付いた三木さんが、またおかしそうに笑う。
「あやとりは下手なまんまでいいっつっただろ?」
それだけ言って、また俺に口づける。僅かに離れた唇から、今度は俺の心を絡めとるような言葉が紡がれた。
「上手くなっちまったら、こんなことしても逃げられちまうからな」
三木さんの言う"こんなこと"とはきっと、俺の指と三木さんの指を繋いでいる糸のことだろう。いつの間にこんな状態にされたのか、それとも俺の手を掴んだ時には既にこうしていたのか。糸は複雑に絡まって、俺と三木さんを結んでいる。
「糸なんか無くたって、離れたりしませんよ」
「本当か?」
「はい、本当です」
調度その時だった。相馬くーんと俺を呼ぶ雪村先輩の声が聞こえたのは。返事をしなくては、と声を出そうとした俺の唇はまた三木さんに塞がれる。
「ほら、やっぱり離れてくじゃねぇか」
「えっ、いえ、俺はただ、返事をしようとしただけで……」
「お前が返事をして、あの小姓がこっちに来ちまったらどうすんだよ?」
「それは……」
確かにそうだ。雪村先輩がこっちへ来るなら、三木さんとは離れなければいけない。俺は何て考え無しだったんだ。
三木さんがつまらなそうに溜息を吐く。俺の馬鹿さに呆れているんだろう。
複雑に絡まっているとばかり思っていた糸は、三木さんが指を動かしたら簡単に解けてしまった。怒らせてしまっただろうか。不安になって三木さんの名を呼ぶと、思いがけず不敵な笑みを向けられる。
また三木さんが俺に顔を寄せた。そうして唇が触れるか触れないかの距離で、楽しそうに呟いたのだ。
「あやとりする度に、俺との口付け思い出せよ?」
そしてまた口付けられた。同時に着物の合わせの部分に手を差し込んで、俺の肌に触れてくる。心臓が鳴った。俺からも三木さんに触れようとした時、彼は無情にもすいと俺から離れてしまう。
「糸、お前の着物ん中に入れといたから。雪村の前で頑張って取り出せよ」
じゃあなと言って、三木さんは去って行く。え、糸……あ、それで手を入れてきてたのか! 慌てて自分の着物の中に手を差し込んで糸を探す。そんなことをしてる時に雪村先輩が俺のいる場所に来てしまった。返事はしなかったのに、どうしてここにいると分かったのだろう。
「相馬君、あのね……」
そこまで言って、俺が着物の中をまさぐっている状態を見た先輩は、驚いて後ろ向きになった。
「あ、先輩、すみません、お見苦しいところを!」
「ううん、私こそごめんね、いきなり来ちゃって……さっきそこで三木さんに会って、相馬君はここにいるって聞いたから」
なるほど、三木さんが先輩に教えたのか。"雪村の前で頑張って取り出せ"というのは、こういうことだったらしい。俺は糸を探し出すのを諦めた。
「先輩、すみません。もうこちらを向いて頂いて大丈夫です。ところでさっき練習をしていたら、あやとりの糸を失くしてしまって……」
「相馬君、練習してくれてたんだ。ありがとう、糸なら大丈夫だよ。まだいっぱいあるから」
「そうなんですか?」
「だって、ただ糸を結んだだけのものだし。練習してたなら、これからまたやってみる?」
「はい」
場所を移動して、雪村先輩が改めて用意してくれた糸であやとりを始める。……始めてすぐ、俺は先輩に謝ることになった。
三木さんの呪いは恐ろしい。
糸に触れただけで三木さんとの口付けを思い出してしまったし、それどころかさっき俺の肌に触れた三木さんの手の温度まで思い出して、あやとりどころではなくなってしまったからだ。
……雪村先輩、ごめんなさい。
2020.08.11