海の魔女

※転生パロ
※沖田さんにだけ記憶あり



 窓の外には雨が降る。
 同じ部屋にいる土方さんは未だ慣れないスマホを弄りながら、また違う文字が押されちまったと舌打ちをしている。何の変哲も無い、普段通りの光景だ。
 だから、違うのは僕だけなんだ。
 僕の、気持ちだけ。

 窓の外を見る僕に気付いた土方さんが、隣まで来て「何見てんだ?」と声を掛ける。雨に決まってるじゃないですかと憎まれ口を叩いた僕に、そうかと言って困ったように笑う土方さんを、今世でも好きになってしまっただなんて、言える訳がない。
 そこから始まる土方さんの今の日常の話――昨日の仕事での出来事だとか――に相槌を打ちながら、僕が泣きそうな気持ちになっていることに、土方さんは気付いていない。
 もう命なんて懸けなくて良くて、明日誰かに殺される心配も無くて、誰かを殺さなければいけない責任も辛さも無くて……きっとあの頃、土方さんが心の底で願っていた生活を、いまは送れているんだって、僕だけは知っている。
 全然違う生活になっているのに、どうして僕の気持ちだけがあの頃のままなのだろう。

 隣に居るのに。
 声が出せるのに。
 言葉が通じるのに。
 それでも好きだと伝えられないなんて、人魚姫とどちらが辛いだろうか。

 海が好きじゃない僕は、例えばこんな雨の日に魔女と会えないかと考える。前世の僕なら刀を差し出せるけど、いまなら何が対価に相応しいのかな。声を差し出すことは出来ないから、そうだ、大事な前世での記憶と引き換えに、僕にチャンスをくれないだろうか。
 そうして明日、目が覚めたらこの気持ちが泡になって消えていればいい……だって、どうせこの恋は叶わないのだから。
 失った記憶はもう要らないから、あなたに「大嫌いだ」と平気で言えていた頃に戻りたい。
 そう思ってもきっと、朝が来て一番最初に想うのは土方さんのことなんだ。

 そんな日を、僕はあと何日繰り返せば気が済むのだろうか。
 会えれば嬉しくて、笑ってくれたら楽しくて、なのにこの先の未来が怖くて胸が押し潰されそうになる……こんな気持ちを、あと何日持ち続ければ僕は報われるのだろう。

 ふわふわと落ち着かない気持ちを抑えようと、自分の手をぐっと握り締めた。そんな僕に気付かない土方さんが、やっと思い通りに文字を打てたと嬉しそうに微笑んでいる。
 その声を聞きながら、僕は小さく溜息を吐いた――どうしようもないなと、思ったからだ。

 もしも海の魔女に会えたなら、僕は前世での記憶の他に、片目を差し出そう。そして願うんだ、「明日も土方さんが笑って過ごせますように」と。
 昔は笑顔なんてほとんど見せなかった土方さんが、怒ってばかりいたあの副長が、今はこんなにも優しい顔をしていられる。その幸せそうな顔を見たいから、両目は捧げられないけれど。でもこんな覚悟じゃ、願いは叶えてもらえないのかな。
 僕の思考を切るように、土方さんが声を掛けてきた。

「総司、こっちに来い」

 その声と一緒に、コーヒーの良い香りが漂ってくる。土方さんが淹れてくれたらしい。

「僕は紅茶の方が良かったな」

 また可愛くないことを言いながら、いそいそと土方さんに近づいていく。俺はコーヒーが良かったんだよ、と不機嫌な顔をする土方さんを見ながら笑ったけれど、こんな顔をさせてしまう僕は、土方さんのそばにいない方が良いのかなと考えてしまう。

 ほらね、僕はもうどうしようもないんだ。
 どうしようも無いほど、土方さんの幸せしか考えられなくなっているんだから。

2019.11.18


▽海の魔女に「素直になれない気持ち」を差し出せたら、幸せになれるのに。というお話
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