必要悪、不要善
嘘を吐いたらいけないと、幼い頃に近藤さんに言われた事がある。どうしていけないのか、それは嘘を吐くのは悪い事だからだと言われた。その嘘で傷付く人が居るからだと。
そして悪い事をしたら怖いお化けが出てくるだとか、閻魔様に舌を抜かれちゃうだとか子供騙しの脅しをされて、それでも子供だった自分は素直に怖がっていた。
けれども僕は、結局平気で嘘を吐ける人間に育ってしまった。
嘘を吐いても怖いお化けは出て来なかったし、閻魔様にだって未だにお会いした事は無い。もしかして嘘を吐くのは悪い事じゃないんじゃないかな。
いつしか僕は"これは嘘じゃなくて冗談なんだよ"なんていう狡い自己弁護まで身につけていた。
それなのに、今になってやっぱり悪い事だと思うようになった。
理由は相馬くんだ。
この子は別の誰かを想ってるくせに、優しい目をして僕に好きだと言う。何て嘘吐きな男なんだろう。
「嘘を吐くとね、怖いお化けが出てくるんだよ?」
かつて僕が近藤さんに脅されていた文句を言えば、相馬くんは本当ですから大丈夫ですよと言って焦る。焦ったって駄目だよ、君が僕の事なんか好きじゃないって僕は知ってるんだから。
でもそんな嘘に縋って夜な夜な彼を求める僕は、もうその嘘無しには生きていけないんだ。
嘘でもいいからもっと言って、嘘でもいいから傍に居てよ。
彼の嘘は性質が悪くて酷いものなのに、僕の生活になくてはならない存在となってしまった。
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沖田さんは絶対に俺の言う事を信じてくれない。
俺は本当に沖田さんが好きで、好きだと言う度に毎回ありったけの勇気を振り絞っているというのに、沖田さんは俺の事なんて露程も理解しようとはしてくれないんだ。
それでも関わるのを止める事なんて出来ず、幾度か夜を共に過ごす内に俺は気付いてしまった。沖田さんはかつて誰かを信じて酷い目に遭った事があるのだろうと。
沖田さんは俺の言葉を信じて無いんじゃなくて、信じるのが怖いんだ。
けれどそれが分かった所でどうすれば良いのか分からなくて、そんな自分が酷くもどかしかった。
俺がもっと恋愛に慣れていたなら、上手く沖田さんを安心させられたのだろうか。
でも沖田さん以外とこんな事をしたいとは思った事がないし、沖田さん以外には惹かれないのだから結局どうにもならない気がする。
俺に出来る事なんて他に無いから、俺はまた好きだと告げる。
二人きりの時の呼び方が、沖田さんから総司さんに変わっても相変わらず俺を信じてくれないままだけれど、夜な夜な俺を求めるようになったのは少しは俺に気を許してくれた証拠なのだろうか。
沖田さんのちょっとした変化に喜んだのも束の間、嘘を吐いたらお化けが出るよと寂しそうに笑う顔に泣きたくなった。
あぁ沖田さんはまだ俺を信じてくれていないんだ。
大丈夫ですよ本当ですからと答える自分の声は、空々しく響いているに違いない。本当なのに、何度もそう伝えているのに沖田さんの笑顔は今日も悲しそうだ。
ねぇ沖田さん、俺の気持ちはただのおせっかいですか?
2016.03.28
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