逢い引きの掟

口付けしかしないから、と強く言われた。

「口付けだけしたら帰るからね」

そう言って沖田さんは笑顔で俺を牽制する。
それ以上は絶対しないからと何度も繰り返して、けれど口付けまでは許してくれるこの関係を、一体どう思えば良いのかは未だに分からない。

「分かりました」

素直に頷いて、許された口付けをする。二度、三度と軽く触れるだけのそれをした後、唐突に強く吸い付くと唇の奥から小さく高い声が漏れた。
一瞬で俺は興奮する。けれど沖田さんはその事に気付いていない。
身体を密着させたらバレてしまうから、唇以外はなるべく触れないよう気を付けている事にも、きっと気付いていない。

自然と濃厚さを増すその口付けは、止める時が分からなくてなかなか離れる事が出来なかった。
いや、俺は彼が好きなのだから当たり前だ。だから沖田さんが止めさせてくれないと困る、なのに彼が止めようとしないから続けるしかないんだ。

気付けば俺の腕が彼を壁際に閉じ込めていた。簡単に俺に捕まったこの組長は、胡乱な目で俺を見上げる。
このまま永遠に口付けし続けていれば、他の誰にも触れさせずに済むのだろうか。
口付けしか許されていないのだから、それ以外に方法なんて無い気がする。だったらどうすればずっと口付けていられるのか……取り留めの無い空想に耽っていると、不意に俺達の唇の間に細い指が入り込んだ。

「相馬君、もう終わり」

おきたさん、と呼んだ俺の声はやけに熱い。だけどここで素直に終わらせなければ、この先も許される口付けの可能性まで潰してしまうだろう。

「はい、それじゃ……」

そう言って大人しく離れようとした俺の腕を沖田さんが掴んだ。

「相馬君、何してるの?」
「え?」
「どうして離れる訳?」
「だって、これ以上触れちゃ駄目なんですよね?」
「そうだけど、何で離れるの? 意味分かんないんだけど」
「でも、口付けが終わったら帰るって沖田さんが……俺、何か間違ってましたか?」

俺の言葉に沖田さんは不服そうに頬を膨らませた。
気を許した人にしか見せないであろうその拗ねた顔を、可愛いと思ってしまうのは仕方ない事だと思う。

「ふーん、僕ってそんな魅力無いんだ?」
「え、え?」
「ちょっとくらい引き留めようって思わない訳? それとも、本当はさっさと帰って欲しいって思ってた?」
「えっ、引き留めて良かったんですか?」

沖田さんはまたむっとした顔をする。どうしよう、やっぱり可愛い。

「この忙しい中さぁ、わざわざ会いに来てあげたのに、相馬君はこの程度の逢瀬で満足なんだ?」
「そんな事ありません!俺はまだ、一緒に居たいです!」
「へぇ、じゃあ引き留めてみせてよ」

僕が帰りたくなくなるようなやつね、と沖田さんが綺麗に微笑む。その顔は反則だ。

「え、えっと、あの、帰らないで下さい」
「君、僕の事馬鹿にしてるの? そんな言い方で帰らないでいると思ってる?」
「……こ、今夜は、帰しま、せん」

言い慣れない言葉を発するのに抵抗があって、しどろもどろに言う俺を見て沖田さんがふふっと笑う気配がする。

「科白は良いんだけどさぁ、言い方がまるで駄目だよね」
「えっと、あの、その、、、、す、好きです!」

俺の拙い告白に、とうとう沖田さんは笑い出した。
けれど相馬君てほんと駄目だね〜と笑うその顔が余りにも可愛くて、思わず沖田さんを抱き締めてしまった。折れそうな程に、強く。
断りも無くこんな事したら怒られるんじゃないかと心配したのに、俺を抱き締め返した沖田さんは「しょうがないなぁ」と小さく笑った。

「あんまり駄目過ぎて可哀相になったから、今日は特別に引き留められてあげる」

そう耳元で囁かれて、あぁどうしよう。今夜は気が触れてしまうかもしれない。

2016.05.06


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