雪に秘密

帰る頃には、雪が降っていた。
今日の仕事は大変だった。何人斬ったっけな、もう覚えてないや。
大量に流れたあの血は全て、明日の朝にはこの雪に覆い隠されてしまうんだろう。

少し飲んで帰るかと誘われて、僕はいま土方さんの後を歩いている。
別に飲みたい気分でもなかったけれど、浮かない顔をしている土方さんが面白かったから断らなかった。

ふと、前を歩く土方さんの手がやけに気に掛かった。
何故だろうかと考えて、僕は土方さんと手が繋ぎたいのかもしれないという、恐ろしい考えが浮かんだ。
何を考えてるんだ、僕は。そんなことあるはず無いじゃないか、気持ち悪いな。

けれど進む内に土方さんの長い髪が揺れるのすらも気になり始めて、認めたくなんて無いけれど、僕はその後ろ姿を全部独り占めしたい気持ちになっていた。
何でだろう、おかしいな。あぁ寒いからだ。寒いから人肌が恋しくなってるだけだ。そうだ、寒いのだから仕方ない。
そう自分に言い訳をして、やっぱり繋いでみようと興味本位で伸ばした手は、結局勇気が湧かずに躊躇って直ぐに下ろしてしまった。

そんな僕の行動に土方さんは気付いていなくて、そりゃ気付かれなくて良かったけれど、僕の勇気に気付かないことに理不尽な怒りも湧いてくる。
少しくらい僕のこと、気に掛けてくれてもいいじゃないか。

手の代わりに、今度は聞こえない程小さな声で「好き」と言ってみた。
当然届かず宙に飛散した僕の想いは雪と混ざり、形の無い足跡として僕達の後ろに残されていく。

あの雪が解けた後、地中には土方さんに伝えられなかった僕の気持ちが染み込むのかもしれない。
そうしたら僕の秘密を土が内包することになって、土方さんは知らないまま僕の愛の上で生活するんだ。
そう考えたら聞こえない告白も悪くないように思えて、僕はもう一度小さな声で「好き」と言ってみた。それもやっぱり届かない。

段々寂しさよりも、真後ろに居る年下の男から告白され続けているのに気付かない土方さん、という図が面白くなってきてしまって、小さな小さな声で僕は「好き」とか「好きですよ」と何度も言った。偶に「大嫌い」も混ぜたけど。

突如「何か言ったか、総司?」と土方さんの声が向けられて、心臓が壊れてしまうかと思った。
もちろん「何も言ってませんけど?」と答える。
続けて「土方さん、耳がおかしくなったんじゃないですか? 松本先生に念入りに診てもらった方がいいかもしれませんね」なんて憎まれ口を叩いてしまったのに、土方さんが「何言ってんだ」と苦笑する顔がやけに綺麗で、あぁ僕は本当にこの人が好きなのかもしれないと、悔しいけれど認めてしまった。

だからまだもう少し、目的地には着かないで欲しい。
他人の居ない、二人きりのこの静かな時間がもっと続いて欲しい。

柄にも無くそんなことを思って、この僕が少しでも土方さんなんかと長く居たくて歩調を緩めたのは、しんしんと雪の降る寒い夜だった。

2016.03.24


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