ひとりまけ

「三木君」

俺の名を呼んだ直後、沖田が「あっ」と小さく呻いた。

「お前から言い出したことだろ、さっさとしろよ」

笑いながらそう言うと、悔しそうな表情を浮かべた沖田が俺に近づく。そうして少しの間を置いてから、意を決したように俺に口付けた。

「なんか、僕からばっかりしてる気がする」
「お前のせいだろ?」
「その、“お前”って言うのずるいと思うんだけど?」
「別にわざと言ってるわけじゃねぇよ、俺は元々言ってただろ? それともこの決め事を止めにするか?」
「……しない。今日一日は継続する」
「まぁ頑張れよ、総司くん」

俺に下の名前を呼ばれた沖田は、顔を赤くして俺から勢いよく離れた。

「不意打ちもずるいよ」
「今のどこが不意打ちなんだよ?」
「だって……ずっと呼ばなかったくせに」

憎まれ口を叩きながら、恥ずかしそうな表情を浮かべる沖田を見ていると、思わず俺から口づけしてしまいそうになる。それをぐっと堪えて、沖田の髪をいじるだけに留めた。

俺たちはいま、賭けをしている。
沖田が「下の名前で呼び合おうよ、苗字を呼んじゃったら負けね。負けた方は、相手に口づけしなきゃいけないの。どう?」と自信満々に言い出したからだ。
この申し出は、俺に口づけされたいと素直に言えない沖田なりの甘えなんだと思ったから、了承してやった。なのにいざ始めてみれば、沖田は何度も「三木君」と呼んで、沖田の方から俺に口づけてばかりいる。
あの自信満々な顔は何だったんだ?

「僕だって、やれば出来るんだから。ねぇ、ちゃんと聞いててよ。さ、さぶ……さぶろ……」
「あ? 聞こえねぇよ」
「せかさないでよ」
「どこがせかしてるっつーんだよ? お前から言い出したことだろ、ちゃんと言えよ」
「…………三郎、くん」
「何だよ、総司」

下の名前を呼ぶくらいのことが、どうしてそんなに恥ずかしいのか理解出来ない。
けれど沖田は俺の名前を呼ぶのも恥ずかしがっているし、自分の名前を呼ばれても恥ずかしそうにしている。

「なぁ、そんな恥ずかしがって会話も出来なくなるなら、これ止めにしねぇか?」
「何で三木君は恥ずかしくないの?」
「また苗字で呼びやがったな」
「あっ……」

そしてまた、沖田からの口づけを受ける。悔しいからなのか、それとも恥ずかしいからなのか、口づけなんて何度もしているのに、まるで初めてするみたいな緊張感を孕んでされるそれに、俺の理性が崩れ始める。
あぁもう、しょうがねぇな。

「沖田」

俺が苗字で呼ぶと、沖田は目を輝かせて笑った。

「三木君も、僕の苗字……あ、また僕も言っちゃった……お互い言ったから、いまのは無しにしようよ」
「あー、お前はもう喋んな、沖田」

わざとそう呼んで、俺は沖田に口づける。
不思議そうな表情を浮かべて俺を見上げる沖田にもう一度「沖田」と呼びかけた。そしてすぐに口づける。返事をする間も与えず、俺は再び沖田と呼んで口づけた。
そんなことを繰り返しているうちに、とうとう名前を呼ぶのすら疎ましくなり、互いに言葉も発せないほど激しい口づけをする。

ようやく気が済んだ俺が顔を離すと、「やっぱりもうこれ止めよう」と沖田が負けを認めた。

2018.02.25
title/箱庭様


戻る
.