この声は嘘をつくためにある

君のために終わらないおはなし」の続き


昨日、沖田君に僕の気持ちを告げた。彼からはそう悪く無い反応が返ってきたし、あの様子なら今日もまた連れ出そうとしても、断られない気がしている。
少しでも早く顔が見たくて、急いで屯所に辿り着いた僕の目の前には今、相馬君という近藤さんの小姓が立ちはだかっていた。

「昨日は、どちらに行かれてたんですか?」

そう言って、相馬君が僕の目を真っ直ぐに見据える。

「少し離れた山の方だけど、それがどうかしたのかな?」
「伊庭さん……でしたっけ? 気付いてましたよね?」
「何に?」

はぐらかすように微笑むと、相馬君はむっとした顔を隠しもしなかった。

「俺が、あなた達の後を追っていたことをです」
「僕達の後を? どうしたの、何か用でもあったのかな? 声を掛けてくれれば良かったのに」
「声を掛けようと思った時に、あなたに撒かれてしまったんです」

相馬君は、思ったよりも勘が鈍いわけではないらしい。
どう誤魔化そうかと考え始めた時に、幸か不幸か沖田君が現れた。

「何話してるの?」
「沖田さんっ!」

沖田君の声に、目を輝かせて相馬君が振り返った。とても懐いているらしい。そんな彼を、純粋に可愛いなと思う。思うけれど、だからと言って沖田君を譲る気は無い。

「やぁ沖田君。今日も一緒に出掛けたくて誘いに来たのだけど、都合はどうかな?」

僕の問いに、沖田君は「ほんとに来たんだ」と言って、呆れた表情になる。手を繋いだ仲だというのに、それはちょっと酷いんじゃないかな。
そこに相馬君が口を挟んできた。

「俺も行っても良いですか?」

それは駄目だよ、と言おうとしたのに、僕より先に沖田君が答えていた。しかも、かなり悪い答えを。

「いいけど」
「えっ?!」

驚いて声を上げた僕を、沖田君がおかしそうに見つめてくる。

「どうしたの? 別に困ることなんてないよね?」

悔しいけれど、そう言って笑う彼の顔がとても可愛くて、言葉に詰まってしまう。だけど相馬君が居たら、昨日の続きが出来ないじゃないか。明日もまた、沖田君が僕と出掛けてくれる保証はないのだし。
そもそも連日連れ出していたら、それこそトシさんが文句を言い始めるかもしれない。

「僕は、沖田君と話がしたくて誘いに来たんです……」
「別に相馬君がいたって、話は出来るじゃない」
「俺はお二人の会話の邪魔をする気はありません。ただ、沖田さんは最近体調があまり良くありませんし、そのことは局長も心配されてました。俺は、沖田さんの安全も見守らなくてはいけません。なので、俺もついていきます」

相馬君が真面目な子だというのは、今の発言でよく分かった。
多分彼は純粋に沖田君を尊敬しているだけで、僕と同じ気持ちを抱いているわけではないのだろうけれど、その真面目さが少し厄介でもある。
近藤さんの名前まで出されてしまったら、沖田君は益々相馬君を受け入れてしまうだろう。だけど僕は、沖田君と二人になりたい。

「えっと、それは分かるんですけど、僕もそれなりに強いですし、今日はそんなに遠くには連れて行きませんから、危ないことはないので……出来れば、あの、沖田君と二人で……その……」

考えてみれば、男同士でどうしても二人になりたいと言うのはおかしな気がしてきた。それに「遠くには行かない」というのも嘘だ。だって僕は、今日も沖田君と二人きりになれる場所で、夕陽を見たいと思っているのだから。そうすると、必然的に同じ場所に連れていくことになるし、あの場所は少し遠い。
嘘を言っている後ろめたさから、何だかはっきりしない言い回しになってしまった。
どうしよう、情けない。

相馬君を見ると、不思議そうに首を傾げている。沖田君は、こんな僕を見てどう思っただろう。知るのが怖くて、沖田君の方を見られない。
すると、ぷっと吹き出す声がした。続いて、あはははという笑い声。犯人は沖田君だ。彼の方を見ると、お腹を抱えて笑っていた。

「今の伊庭君、すごく格好悪い」

そう言って沖田君が、また笑い出す。
確かに僕は不格好だったかもしれないけれど、沖田君に言われるととても辛い。沖田君の前でだけは、格好良くしていたかったのに……悲しむ僕を余所に、沖田君が相馬君へ断りを入れていた。

「ごめんね、相馬君。僕達ちょっと昔の話をしたいから、今日は二人で出掛けさせて」
「え、でも…………はい、分かりました。余り遅くなるようでしたら、俺が探しに行きますから」
「うん、夜までには戻るよ。それじゃあ伊庭君、行こうか」
「え? あ、はい」

急転直下。何故か僕は、沖田君と二人で出掛けられることになっていた。
いつまでも僕達の背中を見守っている相馬君には、もう声が聞こえないほど離れた時に、沖田君にどうして、と訊ねてみる。

「どうして、僕と二人で出掛けてくれる気になったんですか?」
「伊庭君が格好悪かったからだけど?」
「確かにさっきはみっともなかったかもしれませんけど、普段はそんなことありませんよ。仕事だってきちんとしていますし、頼りにだってされているんです」
「仕事の話じゃなくてさ、なんか僕と二人で出掛けたくて必死になってたのが、格好悪くて面白くて……可愛かったから」
「可愛いですか? 沖田君の前では、格好良い人で居たいんですけれど」
「これから見せてくれるんじゃないの?」
「自信は無いですね」

僕の頼りない返事に、沖田君は「ふぅん」とだけ言って、突然手を繋いできた。
まだ町中で、人通りは減ってきてはいるものの、無いわけではない。

「えっ、え? 何です? どうしたんですか?」
「あれ? 昨日は僕と手を繋ぎたがってなかったっけ?」
「それは、そうですけど、まだ人目がありますし……あ、もちろん嬉しいですよ」

言葉では焦っているくせに、沖田君の手を離そうとしない僕を、彼は呆れているだろうか。おかしそうに微笑んでいるその表情からは、真意が読み取れない。

「格好良いところ、見せてくれるんじゃなかったの?」
「自信は無いって言ったじゃないですか」
「じゃあ離れようか?」
「それはだめです」

そう言って、僕はぎゅっと強く沖田君の手を握る。今は浅葱色の着物を着ているわけではないから、こんな夕暮れ時の、誰もが急いで家路についている今、沖田君が新選組の誰かだなんて、ばれないと思う。
いや、そう思いたいだけなのかもしれない。沖田君のことを考えたら、本当なら今この手を離さないといけないのだろう。
だけど僕は、沖田君と常に一緒に居られる訳ではないし、少しでも触れ合いたいし、繋がっていたい。

振り払われてしまうかも、と危惧していたけれど、沖田君は大人しく僕に手を繋がれたまま、昨日と同じ場所まで来てくれた。
同時に日が沈んでいく。
沈む前の眩しい夕陽に願い事をすると、それが叶うという噂話を信じて、昨日僕は沖田君を連れて来たのに。

「あれ? 昨日見たあの光、今日は見られなかったね」
「そうですね、相馬君と話していたので、時間がずれてしまったみたいです」
「それじゃあ、願い事はしないの?」
「……夕陽が沈んでしまったのに、何に願えば良いんです?」

項垂れる僕に、沖田君がいたずらっぽく言った。

「僕とか」
「沖田君に、ですか?」
「だって伊庭君のお願い事って、僕のことでしょ?」
「それは、そうですけど……迷信にかこつけなくても、叶えてもらえるんでしょうか」
「伊庭君の願う内容次第かな」

沈んだ夕陽が、その姿を隠しつつも、まだ地平線を照らしている。今の内に町に出る道へと戻らなければ、暗くなって危ないというのに、僕はなかなか歩き出せずにいた。
夜になったら相馬君が来てしまうだろうし、トシさんにも怒られてしまうかもしれない。それが分かっているくせに、結局僕は、そのまま沖田君に自分の願いを言うことにした。
屯所に戻るのは、確実に遅くなってしまう。

「……僕を、好きになってもらえますか? 近藤さんや、トシさんに敵わないことは分かっているつもりです。この二人に限らず、沖田君にとっては僕よりも新選組の方が大事でしょうから、それは構わないんです。ただ、新選組以外の人の中で、沖田君の一番好きな人に、僕はなりたいんです」

嘘だった。いや、「本当じゃない」、が正しいのかもしれない。
本当は、僕が誰よりも沖田君の一番になりたい。ただ近藤さんに敵わないと思っているのも事実だ。その近藤さんよりも好きになって欲しいだなんて、そんな厚かましいことを言って、嫌われてしまうのが怖かった。
沖田君と繋いだままの僕の手が、緊張で汗ばんでいる気がする。
何も答えない沖田君の、沈黙が怖い。
少しして、困ったような溜息が聞こえた。

「伊庭君は、嘘を吐くために僕を連れ出したの?」
「……そんなつもりは、ないですけど」
「でもそれって、本当の願いじゃないよね?」
「本当のことを言って、沖田君に嫌われたくありませんから」
「嘘の願い事が叶っても、伊庭君は喜べるんだ?」

はい、と答えるのは難しくない筈だった。
だけど沖田君の思いがけない真剣な目に、本心を隠すことの方が怖くなってくる。嘘を重ねても、きっと沖田君には見破られてしまう。そして嘘を吐いた僕を、沖田君は嫌う気がする。それでは本末転倒だ。

「すみません……余り過ぎた願いを言って、あなたに嫌われるのが怖かったんです。僕は、沖田君の一番になりたいと思ってます」
「伊庭君の格好良いところを見せてくれたら、叶えてあげてもいいけど」
「それは、自信が無いって言いましたよね」

本当に自信が無さそうに言う僕を見て、沖田君が呆れたように笑う。

「だってそれも、嘘なんでしょ?」

そう言われて答えた僕の「はい」は、自信に満ちて、自分でも笑ってしまいそうなほど幸せな音がした。

2017.06.05


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