ただ、いたずらに

徒―いたずら―
存在・動作などが無益であるさま。役に立たないさま。むだ。

悪戯―いたずら―
悪ふざけ。性的にみだらなふるまいをすること。


「沖田君」

 名前を呼んで抱き締めると、案の定不思議そうな声音で「なぁに?」と問われた。

「ふふ、呼んだだけですよ」

 わざと愛らしい口調で返してみると、沖田君は「何それ」と言ってはにかんだ。この笑顔を手に入れるまでに、僕は随分と遠回りをしたし、苦労もした。だから最後に沖田君が僕を選んでくれたことが今でも信じられなくて、時折こうしてただ徒に名前を呼んでみたくなる。

「沖田君」
「何?」
「……呼んだだけです」

 そう言って先程よりも強く抱き締めると、沖田君の腕が僕の背中に回されて、ぎゅっと向こうからも抱き締められた。たったそれだけのことで、死んでも良いと思える程の幸福感。
 ふいに、沖田君が口を開く。

「伊庭君」
「ん、何ですか?」
「……呼んだだけだよ」

 何ですかそれと、僕も笑う。僕達のこんな姿を他人が見たらどう思うだろうか。それはそれは滑稽で、笑われてしまうかもしれないけれど。

「ねぇ、沖田君」
「何?」
「沖田君の、他の声も聞きたいんですけど」
「他の声って?」
「僕しか聞けない声、あるでしょう?」

 そう言うと、腕の中が熱くなる。沖田君の顔が赤くなっているんだ。

「嫌ですか? それなら無理にとは言いませんけれど」
「いや……じゃ、ない、けど……」

 その従順な返事に我慢が出来ず、思わず沖田君の髪へと口付けをした。ぴくりと彼の身体が震えて、僕の興奮が否が応にも高まっていく。

「布団に行きますか? それとも、このままここでしてみますか?」

 僕の質問に、沖田君が顔を染めたまま怯えたような表情を見せてくるから、何だか罪を犯しているような気分になってしまう。まるでいたいけな男の子に、悪戯をしているような――。

「そんな顔しないでください。やっぱり止めますか?」
「止め……なくて、いいから。……ここで、い、、よ」
「ふふ、もしかして我慢出来なくなっちゃったんですか?」

 怒らせてしまうかもしれないと思いつつ、揶揄うように言ったけれど、実際に我慢が出来ないのは僕の方。布団までの短い距離すら勿体無くて、一秒でも早く沖田君に触れたかっただけだから……それなのに。

「うん……出来ない、かも……」

 震える声で、本当に恥ずかしそうに沖田君がそう告げる。困った人ですね、沖田君は。そんな可愛いことを言われたら、手加減なんて出来なくなってしまうというのに。
 僕は徒にまた愛しい彼の名前を呼んで、その肌へと手を伸ばした。

2019.02.06


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