朝露

※鬼風間×羅刹沖田


土の匂いが強くなり、自分が地に倒されたのだと気付く。
目の前には黄金の目。普段は紅いそれが変わっているのは、彼が鬼になっているから。
髪は今の僕と同じ色なのに、目の色が違う。それは本物と偽者の違いを見せ付けられているようで、酷く不快な気持ちになる。

眼前の唇が動いた。
首を掴まれ苦しくて、声ははっきり聞こえなかったけれどそれは まがいものめ と呟かれていた。

違う、まがいものなんかじゃない、僕は人間なんだ。

首を掴んでいる手を引き剥がそうと、風間の腕を掴む。けれどどんなに力を籠めても、彼の腕は全く動かせなかった。
風間が嗤う。
顔が更に近付けられて、苦しいか? と囁かれた。首を振ると勢いで顔横の土が口に入ってしまった。吐き出したいのに更に首を強く押さえられ、何もする事が出来ない。

風間の手が緩んだ時には意識は朦朧としていて、ただ口の中のじゃりじゃりとする感覚が気持ち悪いなと思っていた。
塞ぐ事の出来ない耳に、風間の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

そうしてまた顔を近付けられた。
緩められた手は既に離されているのに、僕が全く動けずに居るのは一体何故なのだろう。

嗚呼何をするつもりなのか、風間が不敵に笑って自分の唇を舐めた。
その時見えた舌の赤さに血を連想して、僕は酷く喉が渇いてしまう。

けれど口の中には不快な土の感覚だけ。渇きの癒える様子はない。
横を向いて土を吐き出したけれど、咥内の唾液を持っていかれて余計に渇きが強くなっただけだった。

風間に縋り付いてしまったのは無意識だった。
けれど自分を人間だと言ったばかりで、血が欲しいと言うなど浅ましくて。だから風間に縋った腕は直ぐに離したというのに、彼にはとっくに気付かれていた。

「血が欲しいか?」
「っ、欲しくなんか、ない……」

この強がりも見抜かれて、風間に再び紛い物だと罵られた。
突如髪を掴まれて顔を無理矢理上げさせられる。痛いと発したつもりの言葉は、風間に飲み込まれていた。


口付け……?


と思ったのも束の間、耳に響くがりっという音と共に口の中に痛みと血の味が広がった。
風間が僕の舌を噛んだんだ。痺れるような痛みで身体が直ぐに動かせない。

「自分の血でも飲んでいろ」

風間はそう言い捨てて、僕と唇を合わせた事で自分の口内に入った少量の土を吐き捨てた。
そして僕に向き直り口の端を上げる。
唐突に僕の帯を解き始めたが、その光景を見ていて尚、風間の思惑に気付かなかったのは噛まれた舌が痛かったからか。
僕の素肌に当たる夜風がひやりとして、身体が震えた。

「強張れば、貴様が痛いだけだぞ」

風間の言葉の意味は直ぐには分からなかった。
けれど片足を持ち上げられ、ふいに恐怖が湧く。

「何、を……僕は、男で……」
「分かっている、だからこそだ」
「え……」
「男のくせにこんな事をされるのは、屈辱であろう?」

風間のくすりと笑う声が聞こえた直後、下肢に受けた激しい痛みで僕は叫び声を上げた―――いや、声など出なかったかもしれない、酷い衝撃だった。
やっと出せたのは、かはっと空気を吐き出す音だけで、痛いとも止めろとも言う事は叶わなかった。

何かに縋りたくて掌の下の土を何度も掴むが、それは直ぐ僕の手の形に変化して全く頼りにならない。
だから何度も何度も土を掻いた。
そこに生えていた草を引き抜く感触があった。鋭い葉先で手の平に傷が付いたが、そんな物は痛いとも思わなかった。

下肢への強烈な痛みは直ぐに熱に変わった。熱い――息が、出来ない……

焦点がなかなか合わせられなかったが、何とかして風間へと目を向けた。
笑っていると思った風間の表情に、思った程の余裕が無い。

風間は僕の中に自身を捻じ込んだ後、なかなか動こうとしない。もしかしたら、苦しいのかもしれない。
はっ、と笑いが漏れた。

風間が僕で苦しんでいる。鬼である風間が、紛い物だと嗤った僕に苦しめられている。
けれど僕が笑った事により風間の加虐心に火を点けてしまった。
突如揺すり上げられ、今度は間違い無く叫び声を上げた。痛い、熱い、痛い――

掌の下の土には空洞が出来ていた。
痛みの余りに爪を立てて掻き毟って、穴を開けてしまったらしい。
そうだ、痛いんだ。痛いだけのこんな行為は嫌で嫌で……だから今、風間の身体の向きが変わって湧いた感覚は気のせいに決まっている。
あぁ違う、僕はこんな声を出したい訳じゃない、、のに。

「あっ、あ、かざ、まっ……いや、だっ」

上擦る声は女のようで、自分自身に怖気が走る。嫌だ、僕は感じてなんかいない。
なのに風間はまた嗤う。
貴様は男ですらないなと、こんな事をされて感じるのは玩具になるのが相応しいと。

それから離れた草に朝露が落ちるまで嬲るように動かれて、僕の矜持は露と消えてしまったのだ。

2011.11.11


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