囚われの夜

 目が覚めたのは、恐らく丑三つ時くらいだったと思う。恐ろしいほど暗かった。酷く喉が渇いている。変な時間に起きちまったなと思いつつ、水を飲もうと俺は布団を出た。
 いや、出ようとしたのだが――。

「どこ行くんですか?」

 その声と、声の主に掴まれた左手に俺の行動は阻まれてしまった。

「どこって、水飲みに行くんだよ」
「離れないで下さいよ」
「直ぐ戻るさ」
「駄目です」

 そう言って声の主、総司は俺の左手をぎゅうと握る。完全に行かせない気の握力だ。

「離れたくねぇならお前も付いてくればいいだろうが」
「寒いから嫌です」
「我儘言うなよ、俺は喉が渇いてんだ」

 総司のことなんて無視して行こう、そう思って足を畳に出した瞬間、左手を引っ張られて体勢が崩れた。仰向けに布団に倒れた俺を覗き込む総司が、土方さんのばかとぶすくれている。
 あぁもう、今何時だと思ってやがるんだ……待てよ、そういやこんな時間に何してたんだ、総司は。

「もしかしてお前、ずっと起きてたのか?」
「起きてましたよ」
「何してたんだ?」
「土方さんの顔を見てました」
「何でだよ?」
「憎たらしいなって思って」
「憎たらしいってんなら見なきゃいいだろ?」
「それは無理ですよ」

 この野郎、だったら寝てやがれってんだ。

「何なんだよお前は……直ぐに戻るから、一旦離しやがれ」
「それも無理です」
「無理とかじゃなくてなぁ」
「だって朝になったら僕、自分の部屋に戻らないといけないじゃないですか」
「そりゃそうだが、それがどうかしたのか?」
「戻ったら、土方さんと離れなきゃいけないじゃないですか」
「あぁ、まぁな」
「だから無理です」

 それだ、最後が意味分かんねぇんだ。何で無理なんだ? そう言おうとした正にその瞬間だった、総司に怒られたのは。

「だって今日、まだ好きって言われて無いんですけど」
「はぁ?」
「約束したじゃないですか、二人で会えた時にはお互い最低一回は相手に好きって言うって。僕は言ったのに、土方さんはまだ言ってないですよ。これで水なんて飲んだら、絶対また忘れてそのまま寝るでしょ?」
「……俺は、言わなかったか?」
「言ってませんよ、僕は言いましたけど」

 あー、そういや好きって言われたから俺もだとだけ言って流してた気がする。俺はそれで好きだと言ったつもりだったけれど、総司には納得してもらえなかったのか。

「あー総司、その……好きだ」
「土方さんは一回じゃ駄目ですよ」
「何でだよ?」
「だって昨日も言われてないですもん」

 何だよその細かい数え方は……と、俺が怒るよりも先に総司の方が怒っていた。

「昨日の分と、あと言い忘れてたことを忘れてた罰として十回は言ってくれないと、もう二人で会ってあげませんからね」

 嘘だろ、面倒臭ぇ……。俺のうんざりした表情などお構いなしに、早く言って下さいよと促す総司に、分かったようるせぇなと腹立たし気に吐き捨てる。

「愛してるよ」

 唐突に出した俺の言葉に、驚いた顔をした総司に向かって「どうだ」と笑ってみせた。

「好き十回分で愛してる一回だ、これで文句ねぇだろ?」

 笑う俺に、総司がぶつぶつと何かを言っている。多分、文句だろう。けれど面と向かって俺に何か言ってくることは無く、その後水を飲みに行った俺の後にも付いて来た。
 自室に戻る廊下では、黙ったまま俺の手に指を絡めてくる。その指を無理矢理握り込んで手を繋ぐと、俺にしか分からないくらい僅かに嬉しそうな顔をする。

 そんな総司を可愛いと思っちまう自分に苛立ちつつ、部屋に戻るなり抱き締めてしまった。

「明日は、俺が先に言うから」
「え、明日も僕と会うつもりなんですか?」
「当たり前だ、来るだろ?」
「土方さんがどうしてもって言うなら、別に来てあげてもいいですけど」

 素直じゃないその言い方にふっと笑うと、何笑ってるんですかと怒るのがまた可愛い。総司は寝てねぇみたいだけど、この後も寝かせられないかもしれねぇなと思ったらまた笑いが漏れた。

2016.05.25


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