溺れる鯨
※現パロ空に手を伸ばしたのは、掴める気がしたから。
総司を抱き締めたのは、捕まえたかったから。
無理矢理胸に抱いた小さな頭が、俺から逃げようともがいている。
しんぱちさん、苦しいです。
訴える声すら愛おしい。
もう一度聞きたくて、俺は更に強く抱き締めてしまう。息が出来ないから放して下さいという訴えに、ごめんなと俺は笑った。
総司があんまり可愛かったから仕方無かったのだと説明してみたけれど、本人は全く理解してくれない。無自覚の可愛さは罪だと思う。
飛行機の音がして、俺達は同時に空を見上げた。真っ直ぐに引かれた飛行機雲は、やがて風に千切られ青に溶ける。
「空が青いのは、海の色が映ってるんだぞ」
「馬鹿にしないで下さい。そんなのに騙される程、子供じゃありませんよ」
「騙すとか酷いな、総司は」
下らない会話さえ楽しいのは、総司が相手だからだと俺は知っている。
「あ、」
小さな呟きが空を指した。
「あの雲、鯨みたいですね」
「あー本当だな、でも溺れてるみたいに見えるな」
「鯨は溺れないと思いますけど」
「泳ぎが下手な鯨だって、世の中には一頭くらい居るんじゃねぇか?」
「そうですか?」
「そうだよ、俺も鯨だからな!」
「え、どういう意味ですか?」
不思議そうな瞳が眼下で揺れて、空を映す。
ほら、もう溺れてしまった。
俺は落ちる。
空に堕ちる。
その底で溺れて、ずっと総司に囚われている俺は、あの雲の鯨のようだと思うのだ。
2019.11.15
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