心臓心中

 芹沢さんに任せていたら、新選組はだめになる――そう思ってあの夜、僕はたくさんの人を斬ってきた。それが結果的に近藤さんのためになると思っていたし、他のみんなも納得してくれると思っていた。
 なのに返り血で濡れて帰った僕を屯所で待っていたのは、戸惑う視線ばかり。土方さんには「やり過ぎだ」と言われる。当然反論をして、土方さんの返事も聞かずに自室へ戻ろうとした僕に「おい、大丈夫か?」と声が掛けられたから、余計に苛々した。
 大丈夫か、って何なの。僕を弱いとでも思ってるの? それとも土方さんに反論した事を注意するつもり?

「何が?」

 ぶっきらぼうにそう答えた僕に、返されたのは予想外の言葉だった。

「お前は怪我してねぇのか?」
「…………え?」

 誰が言ったのかも気にしていなかったけれど、顔を上げた先に居たのは左之さんで、他の人達と違って心配そうな目をしている。

「僕が怪我? する訳無いじゃないですか、全部返り血ですよ」

 そう答えると、左之さんはそうかと笑った。ほっとした表情を浮かべて、一人でよく頑張ったな、と言いながら僕の頭を撫でてくる。

「こんなの、頑張った内に入りませんよ」

 思ってもみなかった言動に動揺して、そんな言葉しか返せなかったのに、左之さんは優しく笑っていた。

「俺も次は総司に負けねぇようにしねぇとな」

 今日はゆっくり休めよ、と言って左之さんは離れて行った。うん、と素直に呟いた言葉はきっと届かなかったと思うけれど。

 それから数日は、夜の巡察に出してもらえなかった。別に僕は暗がりに乗じて意味も無く殺生なんてしないのに……と苛々しながら歩いていた廊下で三馬鹿と会う。
 平助が大きな声で話し掛けてきた。夜は暇だろうから遊びに行こうとか、そんな内容だ。断っているのに、やけにしつこい。
それを止めたのは左之さんだった。

「総司が困ってんだろ、もうそのくらいにしておけ」
「えーでもさぁ……」
「遊びてぇなら俺が付き合ってやるから、先行ってろ」

 そう言われて不満げな言葉を漏らしつつも、平助は素直に去って行く。新八さんが平助を宥めながら、その後に続いた。残った左之さんが、しつこくして悪かったなと謝ってくる。

「別に怒ってませんけど」
「あれでも平助なりにお前の事心配してんだ、分かってやってくれ」
「心配? 何でです?」
「お前の隊がこの間から夜の巡察を外されてるからよ、副長のやり方に総司が鬱憤溜めてんじゃねぇかって言ってたぞ」
「へぇ、そんな事気にしてたんだ」
「愚痴なら幾らでも聞いてやるから、いつでも言いに来いよ?」

 そう言いながら、左之さんの手が僕の頭を撫でる。子供扱いされてるみたいだ。
 それが何だか癪に障って、少し乱暴に振り払うとまた左之さんが謝ってきた。困ったように眉を下げたその表情が面白くて、僕は思わず笑ってしまう。

「左之さん、さっきから謝ってばっかり」
「お前に嫌な思いなんて、させたくねぇからな」
「僕は別に女の子じゃないんですから、そんなに気にしなくていいのに。僕のご機嫌なんか取ったって、左之さんに何の得も無いでしょ?」

 この言葉に、左之さんが少しだけ寂しそうな顔をした。
 いや、そんな気がしただけだったかもしれない。気付いた時にはもう、左之さんはいつも通りの余裕のある表情に戻っていたから。

「仲間を大切に思うことに、損得は関係ねぇだろ?」
「まぁそうですけど」
「じゃあな、副長に文句があるなら俺から言ってやるから、相談でも何でもしに来いよ」

 そう言って、左之さんも平助達の向かった方へと歩いて行った。
 さっきまで燻っていた、胸のもやもやが少し減った気がする。平助も可愛い所があるな、なんて思い返していた筈なのに、どうしてだか左之さんに頭を撫でられた時の掌の温度ばかりが気になっていた。

 その所為だろうか、その日から少しずつ左之さんの言動が気になるようになってしまった。意識して見てみると、左之さんは誰にでも優しい。そんなことは知っていた筈なのに、なぜか心が重くなっていく。
 その理由が分からないから、ずっと気持ちが晴れないままだ。

 ーー"相談でも何でもしに来いよ"。
 左之さんに言われた言葉を思い出す。あの時、左之さんは土方さんへの文句を聞くつもりで言ってくれてたようだけれど、このよく分からない気持ちについての相談でも聞いてくれるのだろうか。
 そんなことを考えながら歩いていた廊下で、左之さんと会った。
 左之さんは、誰にでも向ける柔らかい笑顔で僕の名前を呼んでくる。ただそれだけのことがやけに不快で、僕の方は笑顔を作ることが出来ずにいた。
 お陰でまた心配されたけど、その気持ちを素直に受け取ることは、この時の僕には難しいことだったのだから仕方がない。

「僕のことは、放っておいてくださいよ」

 そんなことしか言えない自分が嫌になる。まるで傷ついたような表情を浮かべた左之さんのことも見ていられず、逃げるように自室に戻った。

 それから数日後の昼の巡察で、僕は心中した男女の遺体が川に浮かんでいるのを発見する。二人の繋いだ手には、血のように赤い紐が固く結ばれていた。この世で結ばれなかった二人が、あの世で結ばれるようにとの願いを込めてそうするらしい。
 二人は誰かに殺されたわけじゃないし、斬られたわけでもない。だから怪我などしていないのに、川面に揺らめくその紐の赤は血よりも鮮やかで、屯所に戻ってからも脳裏から離れてくれなかった。
 そのせいだろうか、夜に僕の室に顔を出した左之さんの髪色で、心中した二人を思い出してしまったのは。
 左之さんの訪れに僅かに驚きを見せた僕へ、「大丈夫か?」と声が掛けられる。平気ですと答えた声に覇気がないことは、自分でも分かっていた。

「総司? どうしたんだ?」
「何でもありませんから」

 そう、何でもない。何でもないはずなんだ。だって僕は死体なんて見慣れているんだから、怖いと思うわけがない。なのにどうしてこんなに動揺しているのだろう、自分でも分からない。

「……それより、何の用です?」
「用ってほどでもねぇんだが、最近総司に避けられてるような気がしてな……俺の勘違いだったらそれでいいんだけどよ、もし総司を怒らせるようなことをしたんだったら謝ろうと思ってな」
「…………」

 思わず黙ってしまった僕に、左之さんが気まずそうな苦笑を浮かべる。
避けてるつもりはなかったけれど、確かに左之さんを見ると落ち着かなくて、余り近づかないようにしていた自覚はある。

「総司、俺に不満があるなら言ってくれ」
「左之さんに不満なんて、ないですけど」
「けど、何だ?」
「…………」

 何だと言われても、僕にだって自分の気持ちが分からないのだから、答えようがない。
 だから話を変えることにした。左之さんなら、僕がどんな話をしたってきっと付き合ってくれるだろうから。

「今日の巡察中に、心中した人たちを見たんです」
「あぁ、そのことか。豪華な着物の女と、ボロい服の男だったって聞いたぞ。身分違いの恋だったんだろうな、可哀想に」
「僕は死にたいなんて思ったことが一度もないから、二人の気持ちが分からないんですよね。どうして死ぬことを選んだんだろう」
「……許されない気持ちっていうのはあるからな、他に道がなかったんだろ。男の方はどうだか知らねぇけど、女の方はそうでもしねぇと好きでもねぇ相手と無理矢理結婚させられただろうからな、それが耐えられなかったんだろ」
「ふぅん、女の人って大変なんですね。そう言えばその二人が、ぎゅっと手を握ってたんですけど、死んでも手は離れないものなんですか?」

 そう言いながら、僕は目の前にある左之さんの手に触れた。
 別に深い考えがあったわけでも、何か思惑があったわけでもない。ただ昼に見た二人のことを思い出していたら、つい触ってしまっただけなんだ。
 けれど触れた左之さんの手の、思わぬ温度の高さに驚いて僕はすぐに手を離した。

「変な話をしちゃってすみませんでした、僕もう寝るので……」

 そう言って左之さんに背を向けた途端、後ろから左之さんに抱き締められた。驚いてる間に、左之さんの腕がきつく僕を絡め取る。

「えっ、左之さん?」

 振り返ろうにも、左之さんの締め付けがきつくて首が回せない。
 それでも無理に後ろを向こうとした僕の鼻腔に、左之さんの匂いが届いた。熱を帯びた男くさいその香りに、心臓がばくばく鳴り始める。鼓動がどんどん早くなって、このままいったら心臓がもたなくなる気がする。
 こんなことをしておいて、左之さんは何も言ってこない。どうしたら良いのか分からなくて、でも離れないといけない気がしたから、僕を包む左之さんの腕に手をかけた。
 その瞬間、耳元で「総司……」と苦しそうな声がする。これまで呼ばれたことのない声音だ。それは吐息に混じるくらいの小さな声だったのに、狂おしいほどの想いが込められている気がした。

 驚くのと同時に、少しだけ冷静になれた。そして気付いた、左之さんの鼓動も僕と同じくらい早くなっていることに。
 後ろから抱き締められているから、僕の心臓の後ろに左之さんのそれがある。まともに数えられないくらいの早鐘を打つ僕らの鼓動が、身体を通して重なった気がした。

 不意に、昼に見た二人の姿が脳裏をよぎる。
 水に浮く身体と、女性の豪華な着物、血のように赤い紐ーー目に見えた事実は認識出来たけれど、二人の気持ちだけは分からなかった。だけど、今なら分かる気がする。うまく言えないけれど、きっと二人は…………

 考えが纏まりそうになった瞬間、左之さんが乱暴に僕から離れて思考が途切れる。
 ようやく振り向けるようになった僕は、左之さんの顔を見た。いや、見ようとしたのだけれど、左之さんは目も合わせずに謝罪の言葉だけ残して、あっという間に僕の室から出て行ってしまった。
 残された僕は、まだうるさく鳴っている心臓を落ち着かせるのに苦労して、ようやく眠れたのはもう朝日が差し込む頃だった。

 寝不足で気持ち悪い身体を引きずりながら、朝餉を摂るために広間へ行く。食欲なんてないけれど、行かないと土方さんがうるさいし、それに何より左之さんに昨日のことを聞きたかった。どうしてあんなことをしてきたのか、どういうつもりだったのか。
 左之さんなら、聞けば答えてくれるはずだ。そう思っていたのに、この日から左之さんは僕とまともに話してくれなくなった。
 声を掛けても何かと用事を付けてはいなくなってしまうし、目も合わせてもらえない。合ったと思っても、すぐに逸らされる。いつ見ても常に誰かと一緒にいるのは、僕と二人にならないためだろう。
 そんな日々が幾日も続いて、僕の方が限界になってしまった。

 もちろん、一度は腹が立った。こんな意味の分からないことばかりされて、気分が良いわけがない。
 だけどそれよりも、左之さんと話せないでいることが辛いと自覚してしまった。
 どうせ今だって避けられてるのだから、もうこの気持ちを伝えてしまおう。そう思い立った僕は、昼の巡察を終えるなり真っ直ぐに左之さんの室へと向かった。
 夜はいつも平助や新八さんと一緒にいるから、二人で話すならこの時間しかないと思ったからだ。

「左之さん、入っていい?」

 外から声を掛けると、左之さんの慌てた声がした。

「……いや、今取り込み中だから後にしてくれ」

 そして、断られた。
 だけどそんなこと予想済みだったし、僕は引く気なんてない。了承を得ないまま、僕は左之さんの室の障子を勝手に開けた。
 驚いた左之さんの顔を見ながら、「やだ」と答える。

「取り込み中だなんて、嘘ですよね?」
「おい、勝手に入るなよ……」
「だって勝手に入らないと、左之さん僕と話してくれないじゃないですか」
「…………」

 僕を避けてた自覚があるのだろう、左之さんは気まずそうに横を向いた。それから諦めたように溜息を吐く。
 ようやく観念したのか、いつもの優しい表情を浮かべて「どうした?」と僕を見てくれた。左之さんの顔をまともに見たのは、随分と久し振りな気がする。

 開けただけの障子から一歩中に入り、後ろ手にその障子を閉めると、ぱたんと静かな音が響く。それから少しだけ流れる沈黙。
 だけど左之さんはもう、どうしたのかと僕に質問を投げている。だから僕が答える番だ。
 緊張する。
 落ち着こうと思って息を吸ったのに、たったそれだけの動作がやけにぎこちなくて、恥ずかしくなった。

「あのね、左之さん……あの、えっと…………」

 言うつもりで来たくせに、僕は肝心の言葉をなかなか出すことが出来ない。
 少しの躊躇を経て、ようやく気持ちを伝えた。

「……好き」
「……………………」

 僕の言葉に、左之さんは何も答えてくれない。僕の声が小さかったせいで、聞こえなかったのだろうか。
 もしそうだったとしても、もう一度言う勇気はさすがに持てそうになかった。あの日左之さんに抱き締められた時と同じくらい、僕の心臓はうるさく鳴っている。そのせいで、息もまともに出来ない。

 たっぷりの間を置いてからやっと、左之さんが口を開いた。
 けれど出てきた言葉は、「え?」という短い音だけ。分かってる、ちゃんと説明しないといけないことは、僕だって分かっている。
 だけどどこから話せば良いのか分からないし、左之さんが嫌がってるかもしれないと思うと恐ろしくて、僕は何も言えずにいた。
 そんな僕の思いを察してか、左之さんの方から話し掛けてくる。

「今、好きって聞こえた気がするんだが、俺の聞き間違いか?」
「ううん、そう言いましたよ」
「最近お前のことを避けてた腹いせに、俺を揶揄いに来たのか?」
「そんなわけないじゃないですか」
「嘘……じゃねぇんだな?」
「うん、ほんとだから」

 そこでまた、左之さんが黙る。僕も黙る。沈黙してる間に、左之さんが僕へと近付いてきた。
 左之さんの手が、僕の肩に置かれる。 以前に触れた時と同じくらい、とても熱い。

「どうしてそう思ったんだ? 勘違いじゃねぇのか?」
「違う、違います……ねぇ、左之さん聞いて。僕、僕は、あの、僕は」

 勘違いなんかじゃない、そう伝えたい気持ちが先行し過ぎて、言葉がうまく纏まらない。そんな僕の気持ちに気付いてか、左之さんが優しく笑って言った。

「最後までちゃんと聞くから、まずは落ち着けよ」

左之さんは、僕の言葉を待ってくれている。一度深呼吸をして、僕はたどたどしく話を続けた。

 左之さんの優しさが嬉しかったこと。
 だけどその優しさが、誰に対しても同じで寂しくなったこと。
 心中した二人を見て、怖くなったこと。

 ここまでの話は、僕自身も左之さんに対する気持ちに無自覚だった時期でもあるし、思い出しながら話しているせいで支離滅裂になっていたかもしれない。
 それでも左之さんは、真剣に聞いてくれていた。

「死体なんて見慣れてるはずなのに、どうして心中した人たちを見て怖くなったのか、その時は分からなかったんです」

 そう言った後に、僕はちらりと左之さんの目を見た。
 左之さんはといえば、不思議そうに僕を見つめ返している。突然、続きを話すのが怖くなった。

「ねぇ、これから僕が言うことを聞いても、引かないでいてくれますか?」

 考えてみれば、僕が左之さんを好きだと言った後、左之さんの気持ちは聞いていない。左之さんは誰にでも優しいから、今まで僕に向けていた優しさが特別なものじゃなかった可能性があるのだ。
 だとしたら、僕の気持ちは迷惑なんじゃないだろうかーーそう思ったら、怖くなってしまったんだ。
 僕の言葉に、左之さんが小さく笑った。

「実は俺のことが大嫌いだとでも言われない限り、何を言われても大丈夫だから安心しろ」
「うん……」

 そう言われて、僕は続きを話し始める。

 心中した二人を見た日の夜、左之さんに抱き締められて、自分の想いを自覚した。僕は、左之さんが好きなのだと。
 同時に、怖いと思った理由が分かった。
 死んだら何も残らない。左之さんを好きだと思った気持ちも残せない。だけど僕らは、明日には死んでしまうかもしれない。好きだと伝えられないまま、死んでしまうかもしれないのだ。
 そうなったら、僕のこの気持ちはどこへ行くのだろう。

「死ぬのを怖いと思ったことなんてなかったのに、左之さんを好きな気持ちを伝えられないまま死んでいくのが、すごく怖くなったんです――」

 そこまで言って、僕は息苦しくなった。左之さんに、ぎゅうっと抱き締められたからだ。
 痛いほどの力で僕を抱き締めながら、左之さんが「ありがとう」と泣きそうな声で呟いた。何に対してのお礼だか分からないまま、「まだ、続きがあるんです」と僕は言った。

「左之さんもそうだと思いますけど、僕は毎日死ぬかもしれないと思いながら生きてます。なのに浪人でも剣士でもないあの二人は、死を選べたんですよね。毎日死ぬ覚悟をしている僕でさえ躊躇うような道を、心中した二人は選べたんですよね……僕は、出来ないかもしれない。もしも左之さんに一緒に死のうって言われても、僕は頷ける自信がないんです。ねぇ左之さん、もしかして僕が左之さんを好きだと思ってるこの気持ちは、偽りですか……?」

 不安げに続けた僕の言葉を受けて、左之さんが僕を抱き締めたまま笑った。

「あのな、総司。確かに死んだ二人の覚悟は凄かったかもしれねぇが、俺はお前と生きていきたいと思ってる。お前もそうだろ? 大体このご時世じゃ、好きなやつと生きていく方が難しいと思わねぇか? 俺は、お前を死なせない。ずっと一緒にいたいと思ってるからな」
「……え、左之さんも僕のこと好きなんですか?」
「はぁっ⁉」

 僕の疑問に、左之さんが驚いて僕から離れた。

「いや、お前……分かるだろ? お前のこと抱き締めたのだって、気持ちを我慢出来なかったからだしな」
「そうだったんですか?」
「むしろ何だと思ってたんだ、それ以外にねぇだろ」
「何で抱き締めたのか分からなかったので、聞こうと思ってたのに左之さんが僕のこと避けるから……」
「あー、悪かったよ。だけど俺の立場も分かってくれよ、お前を好きになっちまったなんて、近藤さんにばれたら殺されるかもしれねぇ」
「近藤さんは優しいですから、そんなことしませんよ」

 左之さんはなぜか、僕のこの意見には納得してくれなかった。そういうことじゃねぇんだよ、と言われたけれど、その意味は分からないままだ。
 あんなに優しい近藤さんが、僕を大切にしてくれる左之さんを怒るわけがないのに。

 その後左之さんから、抱き締められたことを謝られた。今のことだけではなくて、先日後ろから抱き締められたときのことも含めてだ。
 見守るだけで満足していたはずなのに、あの日は僕が左之さんの手に触れたから、我慢が出来なくなったそうだ。今も、僕の気持ちを知ったら嬉しくなって思わず抱き締めてしまったと言われた。

「もう、お前の許可無く怖がらせるようなことはしねぇから」
「左之さんを怖いなんて、思ったことありませんよ。これからも、思わないです」

 僕の言葉に「そうか」と嬉しそうに笑うくせに、左之さんは本当にもう抱き締めてこなかった。今まで通り、また子供にするように僕の頭を撫でてくるだけだ。
 だから、僕の方から左之さんに抱き着いた。

「ずっと一緒にいてくださいね」

 生まれて初めて素直に甘えた僕の言葉は、「あぁ、約束する」という左之さんの力強い言葉で包まれた。
 触れ合った身体から、左之さんの鼓動を感じる。冷静そうに見える左之さんも、心音は僕と同じくらいせわしなく動いていた。

2017.09.19
※めい様に捧げます


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