篠突く雨
突然振り出した大雨に濡れた総司が、俺を振り返り雨宿りしますかと問うてきた。確かに屯所まではまだかなりあるが、ここまで濡れてしまっては雨宿りなど意味が無いように思える。
「今更だろ、このまま帰るぞ」
そう言って歩き始めた俺を、総司の声が咎めてくる。
「そういう意味じゃないんですけど……」
それからわざとらしい溜息まで吐かれた。
更に土方さんて結構頭悪いですよね、と続けられる。
「はぁ? ならどういう意味だってんだ?」
雨宿りは雨宿りだろ?
それが「そういう意味じゃない」ってことは、雨宿りじゃねぇってことか? 何だそりゃ。
「僕達、今二人きりなんですよ?」
「そうだな」
「本当に、雨宿りしないんですか?」
「だからこんなに濡れちまってたら今更……」
そこまで言って、総司の俺を見る目に熱が籠っていることに気付いた。
あーくそ、そういうことかよ。こんな真昼間っから何考えてやがんだこいつは。
「……高級な宿になんか寄れねぇぞ」
「土方さんにそんなこと期待してませんよ」
ちっ、可愛くねぇ。
なのに言葉とは裏腹に、嬉しそうに口元を綻ばせているのが愛らしい。
だから少しだけ揶揄いたくなってしまった。
「そんな欲求不満だったのか、総司は」
こう言えば絶対に怒り出すと思っていたのに、この時の総司は素直に「そうですよ」と答えた。
「今日、土方さんと二人で出掛けるって決まった時から、ずっと考えてました」
くすくすと笑って総司が俺の目を覗く。
あぁこいつも俺を揶揄ってやがんな、負けて堪るかよ。
「そりゃ待たせて悪かったな、屯所に帰るのが遅れる理由はてめぇが考えろよ?」
「へぇ、土方さんて僕とそんなに長く一緒に居るつもりなんですか?」
「直ぐ帰りてぇのか?」
俺の質問に、総司が眉を下げていいえと答えた。
総司がこんな表情をするのは、困った時だ。それも、嬉しくて困った時だ。
普段可愛げのあることを言わねぇこいつは、いざ嬉しくなった時に何を言って良いのか分からなくなって、それでこんな表情をするんだ。
「ねぇ土方さん、僕、今から宿を探すのなんて嫌なんですけど」
「はぁ? 今になって帰りたくなったってのか?」
「そうじゃなくて……そこの茂みの裏なら、人目につかないんじゃないかなって。木もいっぱい生えてますから、隠れ易いと思いませんか?」
言いながら、総司の細い指が俺の着物の端を掴む。
早く、と強請られているようだ。
「それじゃ雨宿りにならねぇだろ?」
「その雨宿りを今更だって言ったの、土方さんですよ?」
驚いた。
こいつは宿を探す時間さえ惜しむ程、今直ぐ俺と触れ合いたいらしい。
「風邪引くんじゃねぇぞ、明日隊務を休みやがったら承知しねぇからな」
「大丈夫ですよ、だって熱くしてくれるんでしょ?」
舌打ちを一つして、総司の手を荒々しく掴む。
急ぎ足で向かった茂みの裏、幹の太い木に総司を押し付けて口付けを交わした。
総司の着物に手を掛けた時、「本当はこのまま帰りたくなんか無いんですよ」と呟かれて、俺が興奮したことは秘密にしておこうと思う。
2016.07.08
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