眠りが真昼を連れたまま

その日は沖田さんに呼ばれていたから、近藤さんの用事を済ませたあと室へと向かった。障子の外から、声を掛ける。

「沖田さん、相馬です」

けれど返事がない。

「沖田さん? いらっしゃいませんか?」

その後も何度か声を掛けたけれど、変わらず何の反応もなかった。せめて居るのか居ないのかの確認をさせてもらおうと、そっと中を覗いてみる。すると文机に突っ伏している沖田さんの背中が見えた。

体調を崩して倒れたのかと心配になり、慌ててそばに駆け寄ると小さな寝息が聴こえてくる。
なんだ、寝てしまっただけか。ひとまず安心して出ていこうとしたものの、このままでは冷えてしまうのではないかと新たな心配が湧いてきた。
部屋の隅に畳まれていた掛け布を取り、再び沖田さんへと近づく。俺が何をしても、全く起きる気配はない。
呼び出された理由は気になるけれど、起こすのも申し訳ないからまた後で来よう。そんなことを考えながら、沖田さんの背に布を掛けた。

起こさないように足音を忍ばせながら出口に向かう俺の袖が、何かに引っ掛かったようで足が止まる。
確認してみて驚いた。沖田さんの手が、俺の袖を掴んでいたから。

「えっ、沖田さん離してください。沖田さん、沖田さん……?」

てっきり遊ばれてるのだとばかり思っていたのに、沖田さんは相変わらず気持ち良さそうな寝息を立てていた。
夢でも見ているのだろうか。俺の袖を掴んだのは、その夢のせいなのかもしれない。
いや、そんなことはどうでも良い。離してもらわないことには、ここから動けないじゃないか。雪村先輩にまだ教わることもあるのに……



「…………ん……あれ、相馬くん?」

日が傾いた頃、ようやく目を覚ました沖田さんが、隣に座る俺を見て不思議そうに首を傾げた。

「はい。あの、沖田さんに呼ばれていたので来たのですが……」
「あぁごめんね、僕寝ちゃってた? でもまた後で来てくれれば良かったのに、どうしてそこに居るの?」
「俺もそうしたかったのですが、その……」

いまだ俺の袖を掴んだままの沖田さんの手に目線を投げると、気づいた沖田さんがようやく離してくれた。

「僕が捕まえちゃってたんだね」
「はい」
「でも僕の手なんて、離してくれて良かったんだけど」
「そうしようと思ったのですが、思ったより強く掴まれていたので」
「ほんと? ごめんね」
「いえ。ところで、沖田さんの用事とは何だったのでしょうか?」
「え、用事? ……あぁそういえば、そう言って君のこと呼び出してたんだっけ?」

沖田さんは何かを思い出したように、くすくすと笑い出した。
それから、うーんとねぇといたずらっぽく呟いて、俺の顔を覗いてくる。

「相馬くんは、僕と近藤さんのどっちの方が好き?」
「えっ?」
「……って聞いてみたくて呼び出したんだよね」
「え、何ですか、そ、そんなことを聞くために?」

予想外の質問に驚いて狼狽える俺を見て、また沖田さんがくすくすと笑った。

「そんなことっていうけど、大事なことだよね? だって僕たち、恋仲になったんじゃなかったっけ? なのに相馬くんてば、全然僕の相手してくれないからさぁ、心配になっちゃって」

全然心配なんてしてなさそうな余裕の笑みを浮かべて、沖田さんがそんなことを言ってきた。
改めて言われた「恋仲」という単語がやけに恥ずかしくて、俺は下を向く。

「あれ? 答えてくれないの?」
「きょ、局長のことは尊敬していますが、俺が、す、好きなのは、沖田さん……です……」

みっともなくつっかえながら伝えた言葉は、情けないことに語尾が小さくなっている。そこに被さるように沖田さんの笑い声が聞こえてきた。

「うん、知ってる」
「えっ、知ってるのでしたら、どうしてそんな質問を……」
「知ってるっていうか、いま分かった、っていうのが正しいかな」
「分かった?」
「だって、ほら」

話しながら、沖田さんの指が俺の太ももをつんと刺した。声にならない声を上げて、俺の姿勢は崩れていく。

「正座したまま、僕が起きるまでずっと待っててくれたんでしょ?」

その通りだった。俺は正座で、沖田さんが起きるのを待ち続けていたのだ。だから足が痺れきっていて、ちょっとした刺激でも変な声が出そうになる。

「もし相馬くんの袖を掴んだのが近藤さんだったら、相馬くんは近藤さんが起きるまで隣にいるの?」
「いえ、命令でもないのに局長の隣に居続けるなんて、そんなことは」
「へぇ、組長なら良いんだ? じゃあ相馬くんを呼び出したのが左之さんとかだったとしたら、やっぱり起きるまで待ってたってこと?」
「いえ、待ちません」
「じゃあどうして僕のことは待ってたの?」
「……離れたく、なかったからです」

俺の言葉に沖田さんはまた笑った。笑ったけれど、それまでの笑いとは違って今度はどこか嬉しそうだ。

「寝てる間、僕の顔見てた?」
「……はい、すみません。いけなかったでしょうか?」
「ううん、いいよ。それよりさ、」

沖田さんの顔が、先程よりも近くなった。

「どうせなら、もっと近くで見なくて良いの?」
「えっと、あの……?」

触れ合っているわけでもないのに、近づいた沖田さんの体温を感じて鼓動が早まる。
緊張し過ぎて、沖田さんが何を望んでいるのかすぐには思いつかなかった。けれどそのまま動かない俺に、むっとした表情を浮かべるのを見て、ようやく合点がいった。

「いえ、もっと近くで見たいです」

言いながら沖田さんの背に腕を回して、その身体ごと抱き寄せる。
口づけの許可を取るべきか考えて、けれどそんな応酬をする間も惜しくて、断りもなく沖田さんへと唇を落とした。

2017.11.29
お題/「まぼろしの秋」企画


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