つつめく花唇

「せっかく来たんだ、総司にも会っていけ」

 トシさんと話してから屯所を後にしようとしたとき、有難いことにこう言われた。僕も沖田君の顔は見ていきたいと思っていたから。
 そうですねと頷いて、教えてもらった沖田君の室へと向かう。

「沖田君、入りますよ」

 声を掛けてからすぐ、返事も待たずに中へ入ると、畳の上で沖田君が寝ている姿が目に入った。僕が開けた襖から入り込んだ細い風が、沖田くんの前髪を揺らしている。
 すぐ側に掛け布があるというのに、そこから少し離れた場所で寝ているのが何とも可愛らしい。多分、そこに辿り着く前に眠気に負けてしまったのだろう。

「話したかったのですが、これでは無理なようですね」

 苦笑混じりにそう呟いて、僕は沖田くんにその布を掛けに行く。余り身体が丈夫ではないのだから、沖田君自身も気をつけてくれないと。
 いや、沖田君は自分のことには案外無頓着だから、せめてトシさんがもう少し沖田君のそばに――その状況を想像してすぐ、今の考えを取り消した。トシさんに、そんな役割を渡したくない。いつでもそばにいられるわけではないけれど、それでも沖田君のことに最初に気づけるのは、僕でいたいのだ。
 たとえそれが、無理なことだとわかっていても。
 沖田君の肩口にまで布を掛け、湧き上がる離れがたい気持ちを押し込めて、その場を去ろうとした僕の着物の裾を、沖田君が掴んだ。

「すみません、起こしてしまいましたか?」

 てっきり起きてしまったと思って謝ったのに、沖田君は無反応だった。規則的に漏れる寝息と、瞑られたままの目が、まだ寝ていることを示している。ということは、この手は無意識に?
 言葉にならない愛しさが込み上げて、帰るつもりだった足の向きを変えた。沖田くんを起こさぬよう、細心の注意を払いながらその場に座る。沖田君に掴まれたままの裾が、変な皺を作っているけど気にもならなかった。

 間近で沖田君の寝顔を見る。先日沖田君に言われたあの言葉――伊庭君の剣は軽いんだよ――を思い出す。沖田君はどんどん強くなり、僕はきっと弱くなっている。僕らは命を懸ける場所を違えてしまったし、一緒に過ごせたあの頃とはもう違うのだ。
 それなのに、まったく無防備なその表情は、まだ幼かった頃に見た僕の記憶にある沖田君の寝顔と何も変わっていなかった。そんなことがどうしてだか嬉しくて、思わず沖田君の頭を撫でた。

 あぁ、でもやっぱり僕は変わってしまっている。昔だったら沖田君に触れることに罪悪感なんて無かったのに、今は特別な気持ちが混じっているから胸が痛い。

「沖田君、まだ起きないでくださいね」

 そう言って、沖田君の耳元へと顔を近づけた。普段は離れているのだからせめて、寝ているときくらい僕の夢を見てほしい。
 そんな願いを込めながら、消え入りそうな声で好きですと囁いた。

2017.12.01
お題/星食様


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