透明な温度

 呼び出された宿に着くと、風間が窓辺にもたれて寝てしまっていた。
 新選組の人たちの目を盗んでわざわざ来たというのに、肝心の風間が寝ているなんて……起こして文句を言おうと思い、隣まで行った正にそのとき、それまで日差しを遮っていた雲が流れて、風間の髪に光が当たった。

 きらきらと輝いた黄金色のそれに、不覚にも見惚れてしまう。
 怒るつもりだったのに、情けないことにそんな気は簡単に失せている。だけどせっかく来たのだから、せめて起きてもらわないと……そう思って風間の肩に手を置こうとした瞬間、一迅の風が吹いた。風間の髪が揺れ、目の前がちかちかする。
 すごく、綺麗だ。まるで人ではないような……そう考えた自分に笑ってしまう。風間はそもそも人じゃない。そんなことは知っていたはずなのに、風間との距離が近づき過ぎたせいですっかり忘れてしまっていた。僕にとって種族の違いが、大した問題じゃなくなっていたみたいだ。
 触れられる距離にあるその輝きに、僕は思わず手を伸ばした。けれど直前で怖じ気づく。余りにも美しい風間は、目の前にいるのにまるで現実感がなくて、触れたら消えてしまうような気がしたからだ。

 いや、そんなわけない。これは夢じゃないのだから。意を決して風間に触れた。最初に髪を。絹糸のようなそれは、僕の指の隙間を流れていく。逆の手で自分の髪に触れると、風間のよりもしっかりした感触がある。髪一つでも、人と鬼との違いを感じることになった。
 間近で見る、無防備な風間の顔。いつもは人を馬鹿にしたように吊り上がった眉が、今は優しそうに垂れている。風間のこの顔を知っているのは他にいるのだろうか――鬼たちは見ているのかもしれない。
 そう思った瞬間、ちくりと胸が傷んだ。僕は、鬼になりたいなんて思ってないのに。

 上空の風が流れて、日を隠すように雲がかぶった。先程より薄暗い環境においても、風間の肌は抜けるように白いままだ。陶器のようなその肌にも触れてみる。いざ触れると、人と変わらぬ温もりがあった。作り物のように綺麗なのに、風間はちゃんと生きてるんだ……そんなことがどうしてだか嬉しくて、泣きたいような不思議な気持ちになってしまう。
 風間のまつげは、随分と長い。起きているときにはその目の紅さばかりが気になっていたから、初めてそのことに気付いた。僕らは何度も逢瀬を重ねていて、風間のことはよく知ったつもりだったのに、今僕の目の前で寝ている風間は、まるで知らない人のようだ。

「風間……」

 思わず呼びかけた僕の声に、「何だ」と声が返ってきた。驚く間もなく風間に触れていた僕の腕が風間に取られ、そのまま引き寄せられて風間の胸元へと倒れ込んでしまう。

「随分と愛らしい触り方をしていたな」
「えっ、起きてたの?」
「あぁ、貴様が何をするのか気になったからな」
「……ほんと、性格悪い」
「そう怒るな、待たせた分も満足させてやる」

 別にそんなこと頼んでないんだけど、と言いながら顔を上げると、ひどく愛おしそうに僕を見下ろす風間の表情が目の前にあった。あぁやっぱり風間は性格が悪い。そんな顔を見せられたら、離れたくなくなってしまうと知っているくせに。
 口端を上げた風間が、いたずらをするような口調で囁く。

「いいことを教えてやろう」
「いいこと?」

 そして言われたのは、さっき湧いた僕の胸の痛みを簡単に消し去るものだった。

「お前以外に、俺の寝顔を見たものなどいない」

 それだけ僕には、心を許しているのだと。それを嬉しいと思う自分が悔しくて、返事なんてしてやらなかったのに、満足気に僕を抱き締めた風間の温もりは、人よりももっとずっと温かい気がした。

2017.12.02
お題/夜長文庫様


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