嘘と茶番と猫騙し

土方さんを揶揄おうと思って副長室に入った。怒られても構わなかったから、断りもなしに突然入る。
だけど期待していた怒声は無くて、いないのかと部屋を見回すと、筆を持ったまま文机の前に座って動かない土方さんの後ろ姿があった。
声を掛けても反応はない。どうやらその体勢で寝てしまっているらしい。

今日は冬にしては暖かいから、気持ちは分からないでもない。
とくに日頃の疲労が溜まっている土方さんにとっては、この陽気はむしろ残酷なのだろう。
さすがに起こしてまで揶揄う気は起きなくて、せめて何か掛けてあげようかなと思い、羽織ものを持って土方さんに近づいた。

出来心で土方さんの顔を覗き見る。
いつもは人を睨みつけてばかりいる厳しい目は閉じられて、ただただ美しいだけに見える……いや、僕は土方さんなんて嫌いなんだけど。

目線をずらすと、筆が今にも手から転がり落ちそうだ。
筆先に墨のついたままのそれが落ちたら、きっと汚れてしまう。土方さんのためじゃなくて、屯所にさせてもらってるこの場所を汚さないために、僕はその筆をそっと取り上げた。

まだ墨が乾いていない。それを見て、本来の目的を思い出した。僕は土方さんを揶揄いに来たのだ、せっかくだからこの墨でいたずら描きをしよう。
起こさぬよう注意しながら、僕は土方さんの頬にいたずら描きをした。


ーー少しして、自室でのんびりしてる僕の元へ土方さんが怒鳴り込んでくる。

「総司、てめぇ! 俺の顔にいたずら描きしやがったな⁉」
「え? 何のことですか?」
「起きて廊下に出たら、相馬に言われたんだよ!」
「何て言われたんですか?」
「顔に文字が書かれてるってな! そんなことしやがるのはてめぇしかいねぇだろ!」

そう言って怒る土方さんの頬には、さっき僕が書いた文字がそのまま残っている。
何て書かれているのかの確認もしないで、すぐに僕を疑って怒りに来たらしい。ほんと怒るのが好きなんだから、土方さんは。

「僕じゃありませんよ。土方さん、何て書かれてるのか見てないでしょ?」
「あ? あぁ、まぁ見ちゃいねぇが……」
「ならまずは鏡を見て来たらどうですか? そしたら、犯人は僕じゃないってわかると思いますよ」

舌打ちをひとつして、土方さんは僕の室にある鏡を無理矢理取り上げて覗き込んだ。
土方さんの頬に書かれた文字はーー

「好き」

土方さんが、「はぁ?」と呟く声が聞こえる。
僕は「土方さんのことを好きな人なんているんですね」と言って笑った。

「ほら、僕がそんなこと書くわけないじゃないですか。もしかしたら千鶴ちゃんかもしれませんよ? 良かったですね、あんな可愛い子に好かれて」

そう言うと、ばつの悪そうな顔で土方さんが鏡を元の場所に戻す。けれどその場を動かないまま、何事かを考え始めたようだ。
それから不意に、僕の方へと顔を向ける。じろじろと無遠慮に僕を見てから、土方さんが嬉しそうに笑った。

「お前も可愛いところがあるんだな、雪村よりもずっと可愛い」
「は、はぁ? 何言ってるんですか?」
「これを書いたのは総司、お前だろ?」
「やだなぁ、僕は土方さんのこと嫌いなんですけど。むしろ大嫌いなんですけど」

あぁ知ってるよ、と答える土方さんの余裕の表情が腹立たしい。
そしてその表情のまま、言葉を続ける。

「でもお前は嘘を吐くとき、着物をぎゅっと掴むくせがあるからな」

言われて、僕が今自分の着物の一部をぎゅっと握っていることに気づいた。え、僕って嘘吐くときいつもこんなことしてたの?
黙ってしまった僕に近づいてきた土方さんが、少しだけ躊躇ってから僕を抱き締めて言う。

「羽織、掛けてくれてありがとな」

僕じゃないんですけど、と言いながら、今度は土方さんの着物をぎゅっと強く握った。

2017.12.03
お題/誰花様


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