やさしさと欺瞞の天秤

 局長に会いに行こうと進んでいた廊下の途中で、沖田君が寝ていた。周りには誰もいない。小さく丸まって寝ているから、たまたま寝てしまったのではなく、ここにわざわざ寝に来たのだろうか。何て迷惑な場所で寝ているのだ、邪魔臭い。局長のお気に入りだからといって、好き放題にし過ぎている。

 ふん、と鼻を鳴らして私は沖田君のそばを通り過ぎた。彼がそのまま風邪を引こうと、知ったことではない。歩を進めていると、後ろから驚く声が聞こえてきた。

「沖田さん、こんなところで寝たら風邪引きますよ?」

 振り返ると、沖田君を抱えようとしている相馬とかいう小姓の姿が目に入る――――それは、無意識の行動だった。私は二人の元へと駆け寄って、沖田君を連れて行こうとする相馬君の肩を掴んでいたのだ。

「えっ、武田さん? どうされたんですか、そんなに慌てて」
「いやぁ、私が運ぼうと思ってね。相馬君の体型では大変だろう、私に任せておけば良いさ」
「そんな、組長にそんなことさせるわけにはいきませんから。俺が運びます、沖田さんにはいつもお世話になってますし」
「でも君は近藤局長の小姓だろう? 忙しいんじゃないのかい? 今なら私は用も無いし、やっておくよ。その代わり、私が沖田君を運んだということを、局長に伝えておいてくれないか?」
「あ、はい……分かりました、ではお願いいたします」

 自分でも思ってもいないほど必死になっていた。相馬君も、私の勢いに飲まれてたじろいでいる。どうして私がこんなことを……あぁそうだ、局長の覚えをめでたくしたいからだ。そうだ、それ以外の理由などない。だって沖田君は局長には可愛がられ、副長にも好き放題意見している憎たらしい存在なのだから。
 そのはずだったのに、相馬君から受け取った沖田君の身体がやけに軽くて、なぜだか守りたいような不思議な気持ちになった。
 もちろん、勘違いに違いないけれど。

 沖田君の室に入り、敷き放しにされていた布団へと寝かせる。掛け布団を掛けようとしたとき、彼の着物の前がかなり開いていることに気づき、合わせ目を寄せておいた。
 この私が、こんなに甲斐甲斐しく誰かの世話を焼いたのは初めてだ。そう、だからこそ相馬君にはしっかりと私のことを局長に伝えておいてもらわねばならない。そう考えてやっと自分の行動に納得がいく。決して沖田君を可愛いと思ったわけではない。そんなはずがないのだ。

 さて、戻って相馬君がちゃんと伝えてくれたのか確認しなければ。
 そう思って立ち上がった私の着物の裾が、つんと何かに引っ張られる。視線を落とすと、沖田君の手がそこを握っていた。
 起きたのかと思って顔を見ても、沖田君はすやすやと眠っている。無意識に掴んできたらしい。無理矢理歩いていけば、寝ている人間の力など簡単に振り払えるはずなのに……思わずかがんで、その手を自分の手で握り締めてしまったことは、私の人生の汚点になった気がする。

2017.12.04
お題/エナメル様


※総司を愛しく思ってしまったことを、何が何でも認めたくない武田さんでした
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