お砂糖漬けの悪意

縁側の隅、屯所を支える柱にもたれて、左之さんが昼寝をしていた。
元々薄着の左之さんだ。このままでは冷えてしまうかもしれない。僕は一旦引き返し、掛けるものを持って再び左之さんの元へ行く。それを肩に掛け、一度は離れようと思ったけれど、躊躇った僕の足は素直にその場に留まった。

起こさないよう、そっと隣に腰掛ける。普段は恥ずかしくてなかなかじっと見続けられない左之さんの顔を、ここぞとばかりに見つめてみた。
無防備なときですら精悍な顔立ちだな、と思う。いつもは優しそうに僕を見つめてくれるその目が、今映しているのは暗闇か、それとも誰かの夢なのか。

でもどうせ、今起きている僕のことは見えていない。だから僕が何をするかも気づかない。左之さんが、寝ているから出来ること。そして僕が、ずっとしてみたかったこと……僕は、左之さんにぴたりと寄り添ってみた。
更に近くから左之さんを見つめる。遠くから見たときも、こんなにそばで見てみても、やっぱりまだ信じられない。もう僕が左之さんのもので、そして左之さんは僕のものだということが。
そう、僕らは恋仲になったのだ。

左之さんは今、どんな夢を見ているのだろう。
僕なんて起きているのに、今がまるで夢みたいだ。

触れ合っている部分から、左之さんの体温が服を通してじわりと伝わってくる。
この温度でさえ、僕はもう堂々と受け取って良いんだ。幸せで、思わず笑顔が溢れてしまう。
あぁ、このままずっと離れたくないな……


* * * *


かくんと頭の位置がずれて、俺は目を覚ました。目に映る屯所の庭を、まだうまく働かない頭が認識し始めている。
どうやら昼寝をしちまってたらしい。寝る気なんて無かったのに、疲れていたのだろうか。
起きようとして、違和感に気づく。

身体の左側がやけに重い。
顔を向けると、俺の肩口に誰かの頭がちょこんと乗っかっている。まずは驚いて、それから冷静にその髪を見てみる。
よく見知った茶の色と、猫のようにふわふわした毛先が、長いこと俺の心を奪い続けていた人物であることを示していた。

「総司……?」

声を掛けても反応がない。もう一度呼び掛けても同じだった。
起こさないよう注意しながら、状況把握を試みる。

今、俺は屯所の柱にもたれていて、その俺に総司がもたれて寝ているようだ。
そして俺がここに来たときには羽織っていなかったはずの上着が掛けられているが、総司は自分の着物しか着ていない。

あぁそうか、こいつが俺のためにやってくれたのか。
自分には何もしてないってことは、俺と同様に寝る気もなかったのにうっかり寝てしまったんだろう。

総司はいつも、俺の前では少しだけ緊張していて、まだ完全に心を開いてくれていないのだと思っていた。
けれど俺にもたれて寝ている総司は、明らかに俺に懐いている。

思わず笑ってしまった。
こいつは気づいてるのだろうか、いや絶対に気づいてないな。こんな行動ひとつで、俺が総司を愛しく想って仕方ないことに。
それも日々気持ちが上書きされていって、愛しさの上限が未だ見えない。

これは駄目だろ。
絶対に、総司のせいだ。
焦がれる相手に、こんなに可愛い姿を見せられて、平然としていられるやつの気が知れねぇ。

起こさないつもりだったさっきまでの自分の気持ちなど忘れ、俺は総司の顎に手を掛けて、寝たままの総司に強く口付けてしまった。
意識のない総司の身体は当然後ろに倒れそうになったけれど、そうなることを見越して俺は腕を回している。
落ちて来た総司の背中を受け止めて、総司を丸ごと抱き締めるような体勢のまま、再び総司に口付けた。

「ん……」と小さな呻きと共に、総司の目が開いていく。
直前まで俺が塞いでいた小さな唇から漏れる、俺の名前。そんなことにすら、幸せが募る。

「今寝たら、夜眠れなくなるぞ?」
「え、あれ……? 僕、寝てたんですか?」

あぁ、という短い返事をする時間すら惜しくて、目を覚ました総司にもう一度口付けた。
俺に何をされたのか気づいた総司は、一瞬で顔を染める。
恋仲になったばかりとはいえ、これまでも何度かしているはずなのに、慣れないままなのがまた可愛い。
いや、どうせ慣れきっていたところで、俺は総司を可愛いと思うに違いないのだけれど。

真っ赤な顔のまま、寄りかかっちゃってすみませんでしたと謝る総司自身に、俺が総司をどれだけ可愛いと思っているのか、正確に説明する言葉はあるのだろうか。

「何言ってんだ? 俺はお前のものなんだから、好きなだけ使っていいんだよ」

俺の返事に、総司が恥ずかしそうに顔を逸らす。
堪らない気持ちになって、痛いほど強く総司を抱き締めた。

「お前に何回好きって言やぁ、俺の気持ちが伝わるんだ?」
「左之さんばっかりそんなこと言って、ずるいです……」

思いがけない総司の反応に、腕の力を緩めて総司の顔を見下ろした。

「僕だって、左之さんのこと……大好きなんですけど」

相変わらず赤い顔のままでそんなことを言う総司は、いっそ悪質なまでに可愛くて困る。

2017.12.06
title/誰花様


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