空隙を抱いて眠るのだろう

私の部屋に向かって走って来る足音が聞こえる。
ここ最近は昼になると頻繁に起きていることだから、足音の主に予想はついていた。そしてその音が、勢いよく私の部屋に入り込んで来るであろうことも。
案の定「山南さん、匿って!」という楽しそうな声と共に、その足音が私の部屋に侵入してくる。

「沖田君、またですか」

困ったように笑って振り返る、私の動作もいつも通り。
もうお約束のようになったこのやり取りは、面倒なようでいてとても愛しい時間になっている。

「今日の土方さん、いつもよりも怒ってて怖いんだもん。来たら僕のことは見てないって言ってくださいね」

ねだるように頼んでくる姿が可愛くて、仕方がないという雰囲気を滲ませながら、分かりましたと私は答えた。
本当は頼られてとても嬉しいくせに、土方君のことがなくたって私の部屋まで来てほしいと思っているくせに、素直になれない私は今日も演技をする。

沖田君は嬉しそうに笑って、部屋の奥のついたての裏へと逃げ込んだ。
調度そこへ、怒った土方君が駆け込んでくる。

「おい、山南さん! 総司の奴が来なかったか?」
「いえ、見てませんよ」
「ならどこ行ったか知らねぇか?」
「姿は見ていませんが、誰かが走っている音は聞こえてました。あちらに向かっていったようですが、それが沖田君かは分かりませんよ」
「いや、絶対総司だ。ありがとな、山南さん」

言うなり、土方君が私が吐いた嘘の方角へと走っていく。
その足音が遠くなったのを確認してから、沖田君へと声をかけた。

「沖田君、もう出て来ても大丈夫ですよ」

しかし反応が無い。

「沖田君? どうかしましたか?」

再び掛けた声にも無反応だ。
いつもだったら「土方さん、ばかみたい」と笑いながら出てくるのに。

ついたての裏に回って確認すると、沖田君はその狭い空間で寝てしまっていた。
土方君の声はかなりうるさかったはずなのに、それでも寝ているということは、疲れているのかもしれない。

だけどこんなに狭くて、しかも日の当たらない寒い場所で寝てしまっては、体調を崩してしまうのではないだろうか。

「沖田君、起きてください。寝るなら私の布団を貸しますから」

そう言って肩を揺すっても、目を覚ます気配がない。
念のため、先に布団を敷いておく。それからもう一度沖田くんの元へと戻って、また声を掛けた。
再三に渡る呼びかけにも、沖田君は答えることがない。その深い眠りを利用して、私は少しだけいたずらをすることにした。

無防備に寝ている沖田君の頬に触れ、髪をいじる。
ずっとしてみたくて、一度も出来なかったことだ。
愛しいような守りたいような、言葉にするのは難しい感情が湧いた。沖田君の強さは知っているのに。

私に子供はいないけれど、もしも出来たらこんな気持ちになるのだろうか。
それとも、この感情はそれとは違うものなのだろうか。

「沖田君、早く目覚めないと口づけてしまいますよ」

私の言葉に返されたのは、沖田君の寝息だけだった。
最後のいたずら心から出た言葉は、結局実行することは無かったけれど、次に同じ状況になったとき、どうなるかは分からない。

2017.12.09
title/誰花様


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